第9章 ホダシ
「体調悪ィのか?」
ひまりの前に夾がしゃがむ。
近くなった顔に、思わず地面に視線を落とした。
どうやら夢では…無さそうだ。
助けてって呼んだじゃない。
泣いて、辛い苦しいと吐き出して、縋り付いてしまえばきっと楽になるよ。
ひまりの頭の中でそう声が聞こえた気がした。
夾に手を伸ばそうと胸に置いていた手をゆっくり…
——— お前の全てを差し出せ……"禁忌の牢"に住むこと…
冷えた空気を吸い込んでヒュッと喉がなる。
私は今、何を…しようとしてたんだろう。
バッと顔を上げて「蟻見てた!」と笑えば「は??」と夾から間抜けな声が出る。
「働き蟻って、みんなメスらしいよー。じゃあオスは?ってなんじゃん?オスはねー繁殖後は働き蟻がオスの体を千切って餌にしてー」
「でたよ。お前のグロ話」
眉根を寄せて呆れ顔の彼に、アハハッと声を上げた。
ポケットにそっと石を入れて立ち上がり痺れた脚をプランプランと数回振って「夾は何してたの?」と問いかける。
「ちょっと買い出し。ノートが買わなきゃいけねーの忘れたんだよ。…んで」
片手に持った買い物袋を見せてから、ひまりの制服のポケットを指差す。
「お前それ、何隠したの?」
半眼でこちらを見る夾に、肩が跳ねる。
分からないように隠したつもりだったが、意外と目敏い彼はひまりの行動をしっかりと見ていたらしい。
一瞬思考を巡らせたが、観念したひまりは肩を竦ませて隠したソレを取り出し夾の目の前に手のひらを開いて見せた。
日付けが書かれた面を下にして。
目の前に現れた何の変哲もないただの石ころに夾は首を傾げる。
「…なんだそれ?」
「え?石ですが?」
「ンなもん見りゃ分かんだよ。何でそんなもン持ってんだ?」
「夾の部屋の入り口に設置すれば面白いかなって」
「悪質極まりねぇなオイ」
だから隠したのかよ。プッと笑ってひまりの頭を軽く小突く。
暴力反対ーと口を尖らせながらも、上手くごまかせた。と内心ホッとしていた。
弱さを見せて…縋り付いたところで何になる。
「え、おま…何泣いて…っ」
「へ?」
急に焦り出す夾に、頬を手で擦ってみる。
自分の意思とは反対に、一筋の涙が勝手に溢れていた。