第9章 ホダシ
沈む夕陽が赤く染めた家路をとぼとぼと歩く。
握りしめた石のザラザラとした部分が手のひらに食い込み痛かった。
"初めてのプレゼント"
石に書かれていた日付けはひまりが一歳と一ヶ月の頃だ。
まだ足元もおぼつかない、言葉も出てたかどうか怪しい。
きっとその辺にあった何か分からないコレを手に取って、母親に渡しただけだったんだろう…と思う。
それを…こんなただの石を…ガラクタを…。
母は"特別な物"としてずっと手元に置いていたのだ。
きっとその日を忘れないように、日付けまで書いて…。
涙が溢れそうになったのを、思い切り息を吸い込んで耐えた。
胸が締め付けられる。
それなら、それならば…。
最期の言葉は一体何だったんだろうか。
そのまま、愛されてると勘違いしたままにしてくれれば良かったのに。
こんな物で心を乱されて、少しずつ溢れてくる記憶に心臓が締め付けられて。
こんな物…
こんな紛い物…
ひまりは石を投げ捨てようと手を振り上げる。
それが壊れてしまえばいいのにと思いながら、手の痛みも忘れて握りしめた。
だが、振り上げられた手は止まったまま。
葛藤するように震わせた後、ダラリと力を無くして元の位置へと戻った。
愛されていたと分かっても、残るのは空虚感。
なのに、まるで母親に縋るように…石を投げ捨てることができなかった。
しゃがんで、胸に石を抱きしめる。
涙の無い嗚咽が漏れる。
どうしようもない感情を少しずつ吐き出すように…。
助けて…。
渦巻く感情に心の中で勝手に呟いていた。
助けて…夾…。
救いを求められるはずも無い相手の名を心で叫ぶ。
届かないと分かっているのに。
届く筈など無い相手の名を…
「ひまり?何してんだ?」
ひまりはしゃがんだままギュッと瞑っていた目を見開いた。
嘘…まさか…
ゆっくりと顔を上げる。
まるでスローモーションのように、瞳の中に映し出されたのは夕陽で薄暗い影になった夾。
後光が差しているかのようにシルエットだけが赤く光っている彼は幻なのでは無いかとさえ思えた。
「え…あれ?…本物?」
「ぶっ。本物だよ、夢でも見てたか?」
堪らず笑ってしまったような夾の声を聞いても、本当に夢なんじゃ無いかと瞬きを繰り返した。