第9章 ホダシ
ひまりは通された部屋で用意された座布団に座り、持っていた石を机の上に置く。
コトン…小さな音を立てた石は、先日までは存在意義が分からない物だった。
ひまりにとっては何の関係も無い物なのではないか、とまで思っていたソレが何かのヒントかも知れないと分かった途端に存在感を増す。
この石のこと覚えてないのか?邦光は遠慮がちに問いかける。
ひまりは記憶が無くなっているということは、この石は母親絡みのことだと検討をつけた。
そして少しの間を置いて口を開く。
「覚えてない…所々…昔の記憶が無くて…」
「記憶が、無い…?ひまり…何があったんだ?」
「あ、えっと…お母さんが死んじゃったショックで…というか…そんな感じで」
ひまりは本当の理由を濁し、それとなく伝えた。
草摩の人間では無い邦光に、詳しいことを言うには不安があったから。
眉尻を下げる邦光は、机にある石を見つめて切なげに目を細めた。
「昔…まだひまりがココに通ってた頃に見せてくれたんだよ。夾達には内緒ねって言って」
その時の事を思い出しているのか、石を手に取り柔らかい表情になる。
夾達には内緒…?自身の台詞であろうそれは、記憶が無いひまりにとっては全く身に覚えのない物。
質問は話の後だと決めて黙ったまま邦光の言葉に耳を傾けた。
「ひまりはこの石のことを"私が初めてお母さんにあげたプレゼント"って言ってたな…。お母さんがコレをずっと大事に持ってくれているって嬉しそうに教えてくれたよ。この日付けはお母さんが書いた物だ、って」
夾達には内緒…。その意味を理解した。
物の怪憑きの親は拒絶か過保護か…どちらにせよ子どもにとっては重荷になっている事が多い。
そんな中で子どもなりに気を使ったのだろう。だから邦光だけに見せたのだ。
そして邦光の言うことが…、昔の自分が言ったことが本当なら。
16年前…ひまりが一歳の時だ。
こんな何の変哲もない石を、その日付まで書いて持ち続けているということは即ち…。
当時は"愛されていた"という証のひとつになり得る。
複雑だった。愛されていたなら…本当に愛されてたのなら…。
母にあの言葉を言わせてしまった自分はいったい、何をしてしまったのだろうか、と。