第9章 ホダシ
——— 知りたいことがあれば、いつでも聞きに来なさい
確かにあの時、藉真はひまりにそう言ったのだ。
穏やかな笑顔で、幼子を優しく諭すように。
藉真は何かを知っている。
ひまりはそう確信を持って藉真の住居前にいた。
学校を終えたその足で、藉真に会うために…確かめる為にここへ来た。
制服のポケットから取り出した、石を握りしめる。
扉に手を掛けようとした瞬間に強張る体。
知ることが…正解なのだろうか。
何故草摩を出た後に、草摩の人間と関わっていたのか。
無理矢理ひまりの手を引いて、逃げるように草摩を出たのは紛れもなく母親だった。
それなのに関わりを…持っていた理由…。
そして蘇る記憶の中では愛されていた。
きっと…愛されていた…と思う。
本当に愛されていたのか。
それとも偽りだったのか。
最期に拒絶の言葉を吐かれたひまりにとっては、どちらであっても結局は傷付くものだ。
知って…。
それを知ってどうする?
このまま閉ざされたまま、波風を立たせぬまま過ごす方が…。
ガラッ
「うわっ!!」
「あれ?ひまり??」
突然開いた玄関扉にひまりは驚きの声を上げ、手に持っていた石を投げ出してしまう。
扉の向こうにいた邦光は、キョトンとした顔をしてから地面に落ちた石を拾いあげ、マジマジとそれを見る。
「おっ!懐かしいなーコレ!まだ持ってたんだなー。というか、藉真さんに用事か?残念だけど今、小旅行に行かれてて…」
「邦光この石のこと知ってるの!?」
ひまりは邦光が話し合える前にその言葉を遮った。
自身が持っていた石を"懐かしい"と言ったのだ。
思わぬ人の思わぬ言葉に、興奮したように体を前にのめらせる。
驚いたのは邦光も同じだった。
彼にとっては、記憶の中にある物が目の前にあり、ただそれを懐かしいと正直な感想を述べた迄。
それは当然ひまりにとっても同じものだと思っていた。
だが、知っているのかと問うひまりはあまりにも必死な様で、驚きと困惑が入り混じる。
「と、とりあえず…中で話すか?」
その切羽詰まった様子に、外で続ける話では無いと判断した邦光はひまりに石を返して招き入れる。
コクンと首を縦に振る彼女もまた、困惑したように手の中の石を見つめていた。