第9章 ホダシ
んんんんー。ベッドに腰掛けていたひまりは、くぐもった声をあげながら後ろへ体重を移動させて柔らかなベッドへと倒れ込む。
スプリングが軋んで二、三度ひまりの体を揺らした。
親指と人差し指で持った何の変哲もないただの石の角度を何度も変えて観察する。
水で洗ったことで、本来の姿を表したそれはやはりどこをどう見てもその辺に転がっている石と大差ない。
唯一違うところといえば、黒いペンで日付が書かれていること。
誰かにとっての記念のものなのか、ただの悪戯で置かれていたものなのか。
植木鉢の中に置かれていたこの石の存在意義を考えるが、答えは出ない。
ザラザラとした触り心地の石を手の中で転がしながら目を閉じた。
——— 見て見てひまり!こんなの買ってきちゃった!
——— …木?小さーい!可愛いっ!
——— 今は小さいけど、ひまりの身長を軽く越えるくらいは大きくなるらしいよー
——— その頃には…お母さんの髪も前みたいに長く…伸びてるかな…?
眉尻を下げるひまりの頭をワシャワシャと撫でていたのは、ショートヘアの…
瞼の裏に映し出された映像に、目を見開いて勢いよくベッドから起き上がる。
「お母さん…?」
火事現場で割れていた植木鉢。
映像の中の母がそれを持っていた。
一緒に暮らしていたアパートで。
そして髪が…。
ハッとひまりは震えた手で口を覆う。
——— それにしても、ひまり。横顔がお母様に似てきたね。髪が短ければ見間違えてしまいそうだよ
藉真の言葉を思い出したから。
夾はロングヘアだと、そう言っていたのに。
何故か藉真は髪が短いと言っていたのだ。
草摩を出てから…お母さんに会った…?
瞬きを忘れた瞳から徐々に水分が奪われていくのに、ひまりの瞳はは見開かれたままだった。
潑春はソファに腰掛けたまま、手の中にある小さな銀色を見つめている。
特殊な形をした"ソレ"は、早々見る事はない。
左耳から血が流れていることを構う事なく、確かめるように手のひらで転がした。
「何でコレ…慊人の部屋に…あんの?何でひまり…あの日…嘘ついたの?」
思わず出た独り言は自分に向けて。
皮肉にも千切られたのはひまりと同じ日に開けたピアスホールだった。