第9章 ホダシ
「そういうこと…言ってんじゃないんだけど」
「そうだ杞紗!早く鞄返してあげなきゃっ」
ケラケラ笑っていたかと思えば、ハッと目を見開いて歩き出そうとするひまりの手首を掴む。
眉間にシワを寄せたままの潑春の表情に、どうしたの?と首を傾げた。
「…分かってる?何かあってからじゃ…遅い…」
「…?おっけ!了解!」
確実に分かっていないであろうひまりは、既に頭の中は杞紗の事でいっぱいらしく可愛らしい鞄を握り締めながら適当な返事を返す。
潑春が僅かな苛立ちを含んだため息を吐くのと同時に「ひまりお姉ちゃん…」と愛らしい声が聞こえ、二人は背後に視線を向けた。
が、杞紗の瞳が一気に見開かれ「逃げて!!!」といつもからは想像できないほどの悲鳴にも似た大声をあげた。
ひまりは後頭部に痛みが走ったかと思えば、次に見えたのは持っていた鞄の中身が宙を舞う様子。
髪を後ろに引っ張られたんだと理解したときには遅く、重力に逆らうことが出来ずに倒れていった。
が後頭部が地面に衝突することはなかった。
「ア…がっ…」
「汚い手で…触んなよ…」
グンッと引っ張られていたのは胸ぐら。
ひまりが見た景色は、斜めになった体を支えている眼光を鋭くさせた潑春の左手が掴む自身の伸びた胸元の衣服と、その右手で顔面を掴まれミシミシと骨が軋むような音と呻き声を上げる目深帽を被った男の姿。
杞紗はホッとした様子で胸に手を当ててその場で座り込み、潑春は駆けつけた警察官に男の身柄を引き渡していた。
なんとか体勢を立て直したひまりは驚きと、地面に頭をぶつけていたかもしれないという恐怖感で鳴り響く心臓を手で押さえて隣に立つ潑春を見上げる。
「び、ビックリしたー…アイツいつの間に意識…ってか、ありがとう春。助かった…」
「ほら…言わんこっちゃない」
ムッと不機嫌さを全面に出した潑春は、軽くひまりの頭を小突いてへたり込んだ杞紗の元へと向かう。
何をそんなに怒ってんだ…?ひまりは心の中で唸りつつ道にばら撒かれた荷物を拾い集めた。
財布…ハンカチ…栞?
目に止まったのは、和紙のような台紙に真っ赤な紅葉と中途半端に色付いた紅葉が貼り付けられており、丁寧にラミネートされた上の部分に開いた穴に赤いリボンで一括りしてある長方形のもの。