第9章 ホダシ
戸が開くガラガラと言う音で薄らと目を開けた。
が、自ら起きようと思ったのではなく、耳に触る音のせいで無理やり起こされた頭は、まだ睡眠を欲している。
すぐに目を閉じて現実と夢の狭間をふわふわと浮かんでいた。
この狭間にいる時が一番心地が良い。
ふわふわと、軽くなった体が水の流れに身を任せて漂っているようで。
シャ、シャ、シャ…と遠慮がちにカーテンが開けられる音も耳に届いていた。
誰かの顔が目と鼻の先にある気配も。
壊れ物を扱うようにそっと頬に触れられた手の温度も。
唇にかかった吐息も。
そして…触れた気がした。
名残惜しそうに髪を撫で、最後は額に唇が触れてフッと笑って離れた。
吐息の後に触れて…
触れ……
一気に覚醒する頭。
勢いよく上半身を起こして人差し指と中指で自分の唇に触れた。
「……あ゛?」
寝起き第一声の声は、女子高生らしくない色気もクソもない掠れた声。
現実のものだったのか、それとも微睡みの中で見た夢だったのか。
夢にしては妙にリアルだったその感触に戸惑いで瞳が揺れた。
どっちだ…?
覚醒したての頭で必死に考える。
感触は現実。
だが今この場には誰もいない。
枕元に鞄と未開封のミネラルウォーターが置いてある所を見ると、誰かが来たということは推測出来る。
もしも"アレ"が夢ではなく現実だったのだとすれば…
初めての…。
乙女にとってとても重要である"ファーストキス"とやらが奪われたことになる。
「え…。は?????」
冷静になる為に、まず取った行動は薬を飲むこと。
鞄の中から取り出した薬を、置いてあったミネラルウォーターで一気に流し込む。
しかし、そんなことで戸惑いが解決するわけもなく目を白黒とさせていた。
その時、ガラッと音を立てた扉にビクッと肩を跳ねさせる。
コツコツという足音が聞こえ、上履きでは鳴るはずのないその音に保険の先生か…と胸を撫で下ろしたが、すぐにまた肩が跳ねた。
「草摩ひまりは、まだ寝てますか?」
女の子に見間違えそうな程、綺麗な顔立ちの彼から発せられるのは意外にも低く凛とした声。
「私も今戻ってきた所なのよー。チラッと覗いてみてくれる?」
先生、ベッド覗けってそれはダメだろ。と心の中で突っ込みつつ迫ってくる足音に、何故か掛け布団を握りしめて身構えていた。