第9章 ホダシ
「は?居ないし。だるっ」
潑春にジャケットを返して戻ってきたひまりは、そこに居ると信じて疑わなかった夾の姿が無いことに悪態をつく。
生理中のイライラと薬が切れてきて、ギュゥゥっと絞られるような痛みが再来したことも悪態をつかせたひとつの理由。
あんな夾は初めて見た。
頼ってくれてるような…素直ではなかったけど、甘えるような感情を出してくれたことが嬉しかったのに。
その彼が姿を消していて、やっぱり私は夾にとって頼る対象ではないのかと落胆する。
「…お腹痛くなってきたし。だるっ」
落胆の感情を苛立ちに塗り替えて、口をへの字に曲げた。
紅葉から貰ったカイロを両手で握りしめ猫背になる。
今の体調のまま教室に戻る気にはなれず、フラフラとした足取りで保健室へ向かう為に外階段をゆっくりと降りて行った。
「寝させてくださいー…」
重く感じる引き戸を開け、青白い顔で室内へと足を踏み入れると保健室の先生がギョッとした顔で出迎える。
「凄く顔色が悪いけどどうしたの?」
「生理ですー…今回凄く重くて…」
あらー…それはツライわね…。眉尻を下げながら二つあるベッドの内、空いていた奥のベッドへと寝るように先生に促され、ひまりは重い体をゆっくりと真っ白なベッドへ沈めた。
仰向けでお腹の上にカイロを持った手を置いて横になったひまりの体に、掛け布団を掛けながら「薬は?」と優しい声で問いかける。
「…鞄の中に入れっぱなし、です…」
「持ってるのね。じゃあ後から持って来てもらえるように言っとくわね」
ニッコリ微笑んでベッドを覆うカーテンを閉めた先生に、誰に言っとくんだろ?という疑問は浮かんだが早く痛みから逃れたい一心で目を瞑った。
すぐに薬が飲めないのなら、寝てしまいたい…。
僅かに眉間を寄せて目を瞑っていたひまりの眉が、苦痛から解放されたようにシワを無くした頃。
先生が隣のベッドのカーテンを開けて「そろそろ教室戻りなさーい」と声をかける。
「悪いんだけど休み時間になったら彼女の鞄持って来てあげて欲しいんだけど頼まれてくれる?私この後、会議あったりプリント作成したりで中々ココに戻れなくて…」
そういう事だから宜しくね、と保健室から出て行った先生の頭の中には断られるという考えは皆無だったらしい。