第9章 ホダシ
校舎には昼休憩の終わりを知らせるチャイムが鳴り響く。
だが、夾は教室には向かわずに校舎の外階段に繋がる扉を開けた。
コンクリートで出来た階段を数段降りた踊り場に腰を下ろして壁に背中を預ける。
グッと下唇を噛むと、切れた口端に刺すような痛みが走った。
図星だった。
理性が効かないガキで…潑春の言う通り、ただのビビりだ。
中途半端な気持ちじゃない。
守る為ならなんだって…する。
この手を汚すことになろーが、何だって。
でも猫憑きの運命は変えられない。
草摩一族の猫憑きとして産まれた以上、どう足掻いたって俺は…。
「みつけたっ」
バンッと勢いよく開いたドアに目を向けると、ダボダボのジャケットを身に纏い、膝に手を置いて肩で息をするひまり。
夾の姿を見て、安堵したように目を細めた。
自分を追いかけてきてくれた事に、心が弾んだ。
だがその感情とは裏腹に、会いたくなかったとも思う。
弱い部分を見られるのは苦手だ。
そんな複雑な感情を知る由もないひまりは、細長い息を吐き出して呼吸を整え、階段を降りて夾の隣に座る。
「歩くの早いんだってー。曲がり角で姿見えなくなった時、どうしようかと思ったし」
「…お前、また授業サボんのかよ。午前中ずっとサボってたろ」
「そんなん寝てたんだから仕方ないっ。それに生理中って眠気凄いんだよねー」
今朝同様、堂々と言ってのけるひまりに、またお前はそんな事…と言いかけた言葉を飲み込み、代わりにため息を吐いて項垂れた。
そのままの姿勢でチラリとひまりの顔を確認する。
それに気付いた彼女は、ん?と小首を傾げた。
顔色は…今朝よりかは随分マシだが、良くは無い。
「…教室戻るか保健室行けよ…ここに居たら冷えんぞ」
「大丈夫大丈夫。春に上着貸して…ってああ!忘れてた!春、タンクトップのままじゃん!!」
ブカブカの上着に目を向けてやってしまったと言わんばかりに目を見開くひまりにフッと笑みが溢れた。
「あの様子だとまだ屋上に居んじゃね?返してこいよ」
「そうする!ちょっと待ってて!」
ひまりが立ち上がって一歩踏み出し始めた瞬間に、クンッと後ろに軽く引っ張られ目を丸くさせたまま振り返る。
下を見る。
ひまりの上着の裾を掴み、顔を伏せたままの夾の姿があった。