第9章 ホダシ
バタンと無情にも音を立てて閉まるドアを見つめた後、その場に腰を下ろした。
立てた片膝に腕を乗せて、皮肉にも真っ青に晴れ渡る空を見上げる。
余りの清々しさに目を覆いたくなったが、それをしないのは皮肉めいたそれが今の自分には何処か心地良かったからなのかもしれない。
言わばただの八つ当たり。
ガキはどっちだ…。
「ハル、ダイジョーブ?」
見上げていた潑春の顔に二つの影が出来る。
皮肉を覆い隠してくれたのは、先程まで塔屋の上でランチをしていた紅葉と…
「随分荒れてたな…春…」
呆れながらも、何処かツラそうに微笑みながら隣に腰掛ける由希だった。
由希だって苦しかった筈だ。
夾を追いかけるひまりの背中を見送ったこと。
「…由希、大丈夫?」
「お前は…。また人のことばっかり…。今は自分のことだろ」
潑春と同じように立てた膝に腕を置いてハァァと盛大なため息と共に由希は項垂れた。
落ち着いた潑春はボーッとした雰囲気で右手の甲に目線を落とす。
指の付け根の関節部分の皮が剥けていた。
紅葉はそれを見て「うわぁ…痛そー…」と顔を顰めているが、こんなものよりも心の方が何倍も痛かった。
「…こっちに見向きもせず、行っちゃうんだもんな。俺の制服…着たまんま」
潑春の呟きに、由希も紅葉も何も返さなかった。
それはただの独り言として、吹き抜けた冷たい風が攫っていってくれた。
タンクトップから出た二の腕からも体温を奪われ、潑春がブルッと身震いすると温かい紅葉の手が肩に置かれる。
「ハル、風邪ひくよー?キョーシツ戻る?」
「んー。…まだ、いいや」
ゴロンと寝転んで頭の後ろで手を組み、目を閉じる。
まだサボる気ー?と口を尖らせる紅葉の声は聞かないふりをして。
「ひまり、前より…儚いような、壊れそうな感じ…しない?」
その問いかけは、以前同じような内容を話した由希に向けて。
紅葉はキョトンとして首を傾げているが、由希は思いたあるふしがあるかのように目を伏せて唇に折り曲げた人差し指を当てていた。
「違和感無いけど…それが違和感…みたいな?」
「あー。それ。…ほんと、そんな感じ」
思い過ごしならいいんだけど…と答える由希に、潑春は返事をせずに黙ったまま。
紅葉は話が見えない、と首を傾げたまま二人を交互に見つめていた。