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ALIVE【果物籠】

第9章 ホダシ


二度目の打撃を受けた夾は、軽く舌打ちをした。
殴られた勢いで視界を邪魔する前髪をそのままに、潑春を睨みつける。


「こっちはなぁ!?ンなハンパな覚悟じゃねーんだよ!?軽々しくだぁ?テメェにそっくりそのままその言葉返してやらァ!?」


怒鳴りながら再度飛んできた右手の軌道を手の甲で変え、同じように潑春の左頬に打撃を加えた。
「がっ」という生々しい声を上げて尻餅をついて肩で息をする潑春を見下ろす。


「悪ィがこちとらハンパな覚悟じゃねーよ。…だが俺はどう足掻いたって猫憑きだ。お前が本気なら…邪魔するつもりもねぇよ。アイツには…幸せになって欲しい」


夾のその表情は"諦め"。
いって…。と親指で赤が滲む口端を拭ってからハッと鼻で笑う。


「それが中途半端だってんだろ。ハンパに手ェだして、猫憑きを理由に身を引くって?理性効かねぇガキかよ。やっぱ反吐だなテメェは」

「……あ?お前は何がしてぇんだよ?身引くってんならお前にとっちゃ万々歳だろ?あ?」


一層鋭くなった瞳を片目だけ半眼にし、胸ぐらを掴む夾に臆する事なく、口端を上げて嗤う潑春は更に彼の怒りを増幅させた。


「はっ。そうだな。テメェみてぇなビビりな子猫ちゃんには譲れねぇなぁ…譲る気もねェよ!?!?!」


左手で掴まれた胸ぐらを払い除け、立ち上がる勢いのまま右拳を繰り出した。
その軌道が見えているかのように夾は拳を目で追っていたのに、避けることもせずにまともに受ける。
それに驚いた潑春は目を見張っていた。

構えることなく受けたその勢いで、夾の体は吹き飛び地面に突っ伏した。


夾が吹き飛ばされるのを見ていたひまりは両手で口を覆った。
食べ掛けのお弁当箱をそのままに、塔屋から降り始める。


「幸せにしてやれる…資格なんてねェんだよ…分かってんだよンなもん…」


夾は上半身を起こして自嘲した。
口元を拭った手を見ると、先程よりも多くの血が手を染める。

口内に溜まった鉄の味がするソレを、唾液と共にプッと吐き出しながら立ち上がり、潑春に背を向けて歩き出す。

屋上を後にする夾の姿を、ホワイトに戻った潑春はジンジンと痛む右手を握りしめて見つめた。


「…ダッセェ」


自身のジャケットを見に纏ったまま、こちらに見向きもせずに夾の背中を追いかけるひまりの背中に、また乾いた笑いが出た。
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