第9章 ホダシ
「お前の中途半端さが目に余ンだよ!!っざけんな!こっちは本気だかんな?!」
「意味分かンねぇよ!!主語を付けろやクソウシが!!」
潑春は打ち込まれた右ストレートを首を傾けてかわし、夾の間合いに入ってから胸ぐらを掴み上げて怒りに満ちた目線を突き付けた。
その本気さが分かる目つきに、夾も眼光を鋭くさせて「あ?」と掠れたような低音を出し、同じく潑春の胸ぐらを掴んで動きを止める。
急に静まり返った夾と潑春に、食事中の三人はその手を止めて塔屋から注目する。
先程の喧騒から打って変わって、張り詰めた空気が二人を覆っていた。
「え、あれガチじゃない?」
「…知らない。放っとけばいいよ。ガキじゃないんだから」
「……」
興味無さげに食べ終わったお弁当箱を片付け始める由希と違って、紅葉は齧り掛けのパンを片手にジッと二人を見据えていた。
潑春は夾の胸ぐらをグッと引き寄せ、その対象にだけ聞こえる低い声で言葉を発し始める。
「ひまりの事だよ。中途半端な事ばっかしやがって。反吐が出んだよ」
「…あ?何でひまりが出てくんだよ?それに中途半端だ…?」
「ひまりに入れ込んでるかと思いきや今度は本田透だ?どっからどう見てもハンパかましてんだろーが!あぁ!?」
「益々意味分かんねぇなぁ!?どれもこれもお前に関係ねェだろーがっ!お前こそ軽々しく手ェ出してんじゃねぇぞコラ」
ひまりはダボついたジャケットで腕を組んで、こちらも雰囲気が変わった紅葉に顔を向ける。
「何話してんのか聞こえないんだけど…止めなくて大丈夫なの?あれ」
「ウーン…。多分ね、キョーもハルも大事なモノがあるんだよ。同じ方向を向いてても、お互いユズレナイモノがあるのね。きっと」
「譲れないモノ…かぁ…」
ポツリと呟いた言葉が由希の耳には届いていた。
ひまりが向ける視線の先にはピリピリとした空気を纏った二人…いや、その対象は一人だった。
いつかに写真で見たその表情に、ギュッと胸が締め付けられて眉根を寄せる。
ひまり…と声を掛けようとしたその時、ゴッという鈍い音が屋上に響いて目を向けると、よろけながらも右足で踏ん張り口元を手の甲で拭う夾と、「テメェと一緒にすんじゃねーよ!」と声を荒げる潑春の姿があった。