第9章 ホダシ
何かがぶつかったような重くて鈍い音。
言い争うような怒鳴り声の合間に聞こえる、プラスチックが擦れるようなカチャカチャした音と、咀嚼音。
僅かに眉を潜めて、ゆっくりと瞼を開く。
「ホラかかってこいよ!?指くわえて見てるだけか?子猫ちゃんがよォ!?」
「っンだよ!急にキレてんじゃねーよ!クソガキが!」
よく知る声が二人分。
どうやら喧嘩中だということは理解出来たが、その理由だとか聞こえてきた咀嚼音について等は考える余裕もなく重い体をゆっくり起こす。
半眼でボーッと塔屋から下を見下ろしてみると拳を打って、それを避け…とやり合っている夾と潑春の姿。
潑春は無傷だが、夾の口端には血が滲んでいる。
あぁ、なるほど。
最初に聞こえてきた鈍い音の正体が分かった。
あとは…
「ひまりおはよー!!!セーリなんだって?お腹痛い?ダイジョーブ?」
「紅葉…デカデカとそういう事を言うなよ…」
ひまりの右側に紅葉、左側には由希が座っていた。
その手にはお弁当とお箸が持たれている。
あぁ、なるほど。
全ての謎が解けた所でひまりは口を開いた。
「お腹は…平気なんだけど…。あれどういう状況?」
どうやらまだ借りてても問題なさそうなジャケットに袖を通して、手の平を余裕で隠してしまう袖口を何度か折り込みながら、平然と食を進めている由希に問う。
はいこれ、ひまりのも持ってきたよ。と渡されたお弁当箱をお礼と共に受けとり、問いの答えを待つように由希を見つめた。
それに気付いた由希は呆れた表情で肩を竦める。
「さぁ?ひまり探してココに来たら始まってた。また春が夾に勝負しろって詰め寄ったんじゃない?」
どうでもいい。むしろ目障り。とでも言いたげに半眼でやり合う二人を見てから玉子焼きを口に放り込んだ。
紅葉も売店で買ってきたであろう菓子パンに齧り付きながら、ボクホッカイロ持ってるよーひまりにあげる!とニコニコとしている。
ここの空間と向こう側では壁でも有るんだろうか。と思えるほどに、何も気にする様子のない二人にひまりは肩を竦めて、渡されたお弁当箱の蓋を開ける。
「食べれるだけにしときなよ」
食え食え鬼教官も、生理中は鬼を封印するらしく、ひまりはホッと安堵しながら箸を進め始めた。