第2章 おかえり
いくら非常識でやりたい放題好き放題な綾女でも、さすがに体調を崩しているひまりにちょっかいは出さない…だろうと信じたい。
だが、姿が見えないということはやっぱり…
「あれ?」
由希がふと玄関を見ると、ある筈の綾女の靴が無かった。
弟に帰れと言われて素直に帰るほど、聞き分けの良い兄ではないことは重々承知している。
と、いうことは…
「…はとりか」
はとりにだけは従順な綾女。
何の文句も言わず、由希と話した後すぐに帰ったということは、電話ではとりにすぐに帰れとでも言われたんだろう。
ひまりの所に行ったのではないと分かるとホッと胸を撫で下ろし、はとりの配慮に感謝した。
階段を登る途中でバタンと戸が閉まる音が聞こえ、ひまりか?と思ったが、登り切ったところで見えたのは明るいオレンジ色で緩みかけた表情に力が入る。
どうして夾がひまりの部屋に…。
自分でも分かるほど露骨に"不快感"を表した表情なのにも関わらず、夾は眉ひとつ動かさずポケットに手を入れ、無表情でこちらを見ていた。
「…ひまりは?」
「部屋」
一言だけで返してくる言葉、睨みに対して何の反応も示さず、そのまま通り過ぎようとする態度が"余裕"に見えて更に腹が立つ。
そのまま階段を降りていくのだろうと思っていたが、その足が止まった。何かあるのかと夾の方を向くが、歩みを止めたその当事者はこちらに視線すら寄越さない。
「発作」
「え?」
急に見当違いな言葉を口にした夾の意図が理解できなかった。
「発作起こしてたんだよ。アイツ」
それだけを由希に伝えると、今度こそ階段を降りて行く。
発作?ひまりが?
治ったんじゃなかったのか?
実際にその姿は見たことがなかったけど、それについてははとりから聞いたことがあった。
発作を起こしていたらすぐに俺を呼べ、と言われていた。
5年前ひまり本人にそのことを聞いた時は、もう治ったから心配ないよと聞いていたのに…。
忙いで部屋のドアを開けると、ベッドで壁側を向いて横になっていたひまりが起き上がってベッドに座る。
先程よりも頬の赤みが引いており、発作を起こした風には見えない程の穏やかな笑顔だった。