第9章 ホダシ
「首を突っ込むなって言っただろ。発作起こしたひまりに何も出来なかった役立たずのグズがッ!」
怒鳴る依鈴に潑春は眉ひとつ動かす事なく平然としている。
それが更に彼女の怒りを買い、眉間のシワを濃くした。
「何もできないグズが邪魔するな」
「…リンは…何、しようとしてるの?」
「お前に関係ないだろっ!!」
先ほどよりも強く胸ぐらを引き寄せ、青筋を立てる依鈴だったが潑春の態度は変わらなかった。
ただ彼女と視線を交差させている。
「ひまり、産まなきゃ良かったって言われたんだって。母親に」
あの母親がそんなこと言うとは信じられない。
もしも本当に言ったのなら、その理由が知りたい。
記憶が戻る方がいいのか、閉ざされたままの方がいいのか…判断材料が欲しかった。
潑春の言葉に一瞬狼狽たように目を見開いて、視線を左右に動かす。
だがすぐに怒りで歯を食いしばり、興奮で震える手で胸ぐらを握り直した。
「デタラメ言うな!!!あの人がそんなこと言うわけないだろ!?あの人を…愚弄するような事を言うな!!!」
「…でもひまり、そのショックで母親の記憶、閉ざしてるよ」
「…っ!?適当なこと抜かすなっ!!そんなことあり得ない!絶対あり得ない!!誰よりもひまりの幸せを望んでたお母さんが…っ。呪いをと…っ」
依鈴は張り上げていた声を押さえ込むように、バッと口を両手で覆う。
動揺したように瞳が揺れたことを、潑春は見逃さなかった。
「呪い…解くつもりなの?リンは」
「関係…ない。お前に関係ないだろっ!!」
「あるよ。俺、ひまりが好きだから。誰にも渡すつもりないし、俺がひまりを開放したい」
乱れた胸元を直すことなく依鈴を鋭い眼差しで見据える。
依鈴はヒュッと喉を鳴らして一歩後ずさった。
「ふざけるな!!渡さない…絶対…」
「…リンはひまりが好きなの?」
依鈴は今度こそ分かりやすく狼狽た。
目を見開き、唇を僅かに震わせて。
見据えられた視線から逃れるように目線を潑春から逸らす。
その様子を見て潑春は確信した。
依鈴が抱いている感情を。
「ひまり、リンに会いたがってた。リンにもひまりを渡すつもりはないけど会ったげて」
依鈴は濃く眉を潜め、何も言葉を返す事なく部屋を後にした。