第9章 ホダシ
声を出す事も出来なかった。
聞きたいことは山ほどあったのに。
引き止めて良いのか…もし引き止めてしまったら、ココを出て行くということに賛成してるようになってしまう気がして。
トン、と力なくベッドに腰掛ける。
本当に掴めなかったのか…。
それともワザと掴まなかったのか…。
依鈴に触れることのなかった手を見つめてから紫呉を見上げた。
「紫呉は…紫呉は何を…何処まで知ってるの?」
「…それは君が、僕に何か隠し事をしてるってことかい?」
余裕のある笑みを向けられ、墓穴を掘ってしまった。と冷や汗をかく。
そうだ。紫呉はそういう人間だ。
「いい。何でもない」
幽閉のことは出来ればこれ以上、誰にも知られたくはなかった。
"賭け"がバレるリスクが上がる。
それだけは避けなければならない。
「僕、少し気になってるんだよね。最近」
ひまりの隣に腰掛け顔を覗き込むと、まだ動揺の色が滲む彼女の肩が僅かに跳ねる。
「最近のひまり、前よりももっと痛々しいよ?見るに耐えない程に」
ニッコリと品の良い笑顔とは裏腹に、その言葉の節々にはトゲが目立つ。
顰めそうになった眉を何とか動かすことなく、チラリと煽り始める相手を見た。
「この前、慊人さんの所に行ってからだよね?…慊人さんと何かあった?」
一気に早くなる心臓。
喉の奥から反射的に「違う!」と叫びにも似た言葉が無意識に出てきそうになったのを何とか堪えて飲み込んだ。
混乱で渦巻く思考を何とか働かせて、平常心の時の自身を思い浮かべて手繰り寄せる。
「確かにあの日、いつもの刺すような言葉はあったけど他には何もないよ」
ピクリとでも動かしてしまえば全てがバレてしまいそうで、顔の筋肉に意識を集中させる。
紫呉は表情を崩すことなく「そう」とだけ答えた。
「晩ご飯…ゴメン、出前でもいい?作ってる暇無いから…」
「お、いいねぇ。じゃあ僕はカツ丼にでもするかなー」
鼻歌混じりで部屋を出て行く掴みどころの無い男に、追求されなかったことに胸を撫で下ろして天井を仰いだ。
「リン…」
ひまりの呟きは紫呉の耳には届かなかった。
「むしろ動揺した態度を見せた方が、自然だってのにねぇ…」
紫呉の呟きもひまりの耳に届くことはなかった。