第9章 ホダシ
ゼェゼェと喉を鳴らしながらフラフラと玄関前に座り込む。
その数秒後に、額に濃い青筋を浮かべた夾が同じくゼェゼェと喉を鳴らしながらひまりの隣に座り込んだ。
「わた…私の…ハァハァ…勝ちだからね…っ」
「ハァ…っ、ざけんな…卑怯な手…ハァっ…使いやが、って…」
息を整えながら睨みつける夾を、ひまりは勝ち誇った顔で口端を上げた。
いくら短距離が得意とはいえ夾の速さには劣っており、何度も抜かれそうになったが、その度にひまりはジェイソンがどうとか晩ご飯は夾の嫌いなニラ玉にしようか等と集中力を削いでいたのだ。
"卑怯な手"ではあるが、それにまともに引っかかる夾が悪いーと睨みを突っぱねてケラケラと笑っていた。
草摩夾は自身の…猫憑きの運命を理解している。
幼い頃から突き付けられた現実。
猫憑きの宿命。
先代の猫憑き達も辿ってきた運命。
それなのに恋をした。
叶おうが、叶うまいが強制的に終わらされる恋。
愚劣極まりない話。
どうせなら、猫憑きは恋愛感情等抱かないように作ってくれればよかったのに。
神は残酷だ。
フッと嘲笑を浮かべて立ち上がり、想い人の頭を軽く小突いた。
「ほら立て。さっさと中入んぞ」
「いった!叩かないでよ」
ひまりに二度と会えなくなることに耐えられるだろうか?
名前を呼ぶことも、声を聞くことも、触れることも出来なくなるのなら…
いっそこの記憶を消して欲しいとさえ思う。
手を差し出す前にひとりで立ち上がるひまりに僅かに肩を落としつつ、施錠されてない扉を開けた。
「あ…れ…?」
ひまりは脱ぎ捨てられたように乱雑に置かれた見覚えのある黒いブーツを見て目を見開く。
「おかえりひまり。遅かったね…リン、来てるよ。ひまりの部屋で待ってる」
出迎えてくれた由希が伝えると、ひまりは靴を揃えることも忘れ脱ぎ捨てたまま階段を駆け上がって行った。
それを追いかけようとする夾を由希が腕を掴んで止める。
「ひまり以外、二階に上がるなって言われてる。リンから」
「…あっそ」
夾は手を振り払い、舌打ちをして居間へと向かう。
はぁ、とため息をひとつついた由希は心配そうに階段の上を見つめていた。