第9章 ホダシ
昼間の騒がしい空間と同じかと思えるほどに、誰もいなくなった教室内は静寂が広がっている。
カチ、カチ…と時計の音が嫌に耳に響いて更に苛立ちを募らせた。
「どこで油売ってやがんだ…アイツは…」
赤黄色に染まっていた西の空は少しずつ鮮やかさを飲み込んで、仄暗さが増してきていた。
約30分前
日誌を書いているひまりを待っている最中、トイレへ行く為に席を立った。
言葉を交わさずともひまりは夾が何処へ行くのか分かったのか、チラリと視線を向けただけですぐに日誌に視線を戻す。
落ちてきた髪を耳にかける仕草に目を奪われたが、ふるふると頭を振ってこの教室からは少し遠い場所にあるトイレを目指した。
戻ってきたときにはひまりの姿は無く、ペンが紙を滑るサッサッサッという音の代わりに時計の秒針が動く音だけが響いていたのだった。
日誌出しに行ったか?まぁ、鞄は置いたままだしすぐ戻ってくんだろ。
欠伸をひとつして机に突っ伏す。
開いた窓からカーテンを浮かせて入ってくる風が少し冷たい。
浮いたカーテンの隙間から差し込む赤が眩しくて反対側に顔を向けた。
ひまりの奴、違うピアスのままだな…。
さっきも髪を耳に掛けたときに見えた黒い石のピアス。
ファーストピアスとやらでホールが安定しなきゃ新しいのを着けられないとか何とか言っていた気がするが、詳しいことは忘れた。
が、今ひまりが着けているのはファーストピアスとは違う新しい黒いピアス。
潑春の所に寄ってから帰ると連絡があった日から、あの黒いピアスに変わっていた。
考えなくても分かる。あれは潑春から貰ったものだと。
気付いていたが言ってはいない。
心待ちにしている感情を悟られたくないのと、束縛じみたことをできる立場ではないから。
だがモヤモヤは取れずひまりの耳にばかり意識を向けてしまう。
鼻から息を吸って、鼻から最大に吐き出す。
口から吐き出すと落ち込んだ時にでるため息のようで、何となくプライドが許さなかった。
ピアスひとつでこんなに感情を揺さぶられるとは思わなかった。
「あー…もう…めんどくせぇ…」
自分が面倒臭い。
誰にも聞かれることもない独り言は冷たい風に拐われて消えた。