第8章 彼岸花
拗ねて納得していないように向けられた瞳は、吸い込まれそうな程に大きく下睫毛までもが長い。
「ありがとう…。って言わなきゃダメ?」
「ごめん…よりかは、そっちの方がいいかな?」
由希は思わず笑ってしまった。
口を尖らせた表情が子どものようで。
「じゃあ私もごめん、よりありがとうが良い」
「へ?」
頓狂な声を出す由希を、未だに拗ねた顔でひまりは軽く睨み付けている。
余りにも攻撃力の無いそれにまた吹き出しそうになったが、本気で何かを不服に感じているだろう事は理解したので何とか耐える。
「由希が…。由希が慊人にあんな風に言えたこと…ビックリした。強く…なったんだなって。その代償がアレなら…ちょっとウッてくる所もあるけど、全然構わない。だから、私もありがとうの方がいい」
「ありが、とう…」
「けど!!!」
ひまりはまた再度、由希を攻撃力ゼロの睨みで見上げた。
可愛いとも思ってしまう表情に、とりあえず空いた手で口元を隠す事にした。
「やっぱ私言いたくない!由希が怪我したのに…由希の綺麗な顔に傷が付いたのに…それでありがとうなんて言いたくない!何かそれじゃ、由希が怪我した事がいい事だったみたいで嫌!!でも助けて貰ったのにお礼も言わないとか人としてどうなのとも思う!でも絶対言いたくない!!」
ひまりの自分勝手で無茶苦茶な言い分に、由希は肩をズルっと落とした。
怪我した目の下が急にジンジンと痛み出したのは、緊張が解けて落ち着いてきたからか、それとも彼女の言い分に虚をつかれたからか。
「ひまり…滅茶苦茶なこと言ってる…よ?」
「分かってるし!っていうか、私を後ろに隠してたことも怒ってる!自分だけが不興を被るみたいなあの態度嫌!腹立つ!アホ!ネズミ!!」
…子どもだ。
癇癪を起こした子どもだ。
ひまりは由希と繋いでた手を離し、腕を組んで背を向け歩き始める。
が、フェンスの前に咲いていた彼岸花を踏まぬ様足を止めた。
拗ねた態度にプッと吹き出しながら追いかけ、小さな肩に手を置くと僅かに震えていて由希は目を見開く。
「怖かったからほんと…もしも目…見えなくなったらって…」
弱々しい声に抱き締めたくなったが、それが出来ない代わりに後ろからひまりの小さな肩を持って、そこにトンと額を乗せた。