第8章 彼岸花
こんなに細い肩で、こんなに小さな背中で、代償ならば全然構わないと背負おうとしてるのか。
「大丈夫だったよ?」
「分かってるけど!もう辞めてよね…無茶なことするの。庇わなくていいから」
「んー…それは承諾出来ないかなぁ」
由希が小さな子を宥めるように答えていけば、ひまりの肩に分かりやすく力が入った。
また癇癪を起こしたように喚き始めるかと予想していたが、小さな背中の彼女はまさかの大きな舌打ちを披露したのだった。
困惑した由希は、あれ?聞き間違いかな?と顔を上げると彼女の肩越しに見えたのは呆れと怒りを宿した半眼だった。
「馬鹿じゃないの。もうほんと馬鹿。アホ。ネズ」
「さっき聞いたよそれ」
流石に二度目になるソレを黙って聞いてやるほど悪い事をした自覚は持てない。
言葉を被せれば、ひまりは眉間にシワを濃く寄せた。
「由希が将来目が見えなくて不自由したらどうするのって話」
「俺があの場で動かなかったらひまりの目が見えなくなってたと思うけど?」
「別に私がそうなってもっ…」
威勢が良かった筈のひまりは言葉を最後まで続けず、急にしおらしくなり目線を下に向ける。
急に"無"になったようなその雰囲気に、何故だか背筋がゾッとした。
思わずもう一度肩に手を伸ばす。
「そうだよね。私が傷付くのも由希にとっては…ツラいことだもんね。ありがとう。庇ってくれて。でもやっぱり由希が傷付くのは嫌だし無茶はご遠慮願いまーす」
振り向いたひまりは"いつもの"笑顔を由希に向けた。
唐突な手のひら返しだったが、笑顔も声音も違和感は感じない筈なのに、なぜ背筋が凍りつきそうなのか不思議で堪らない。
「次に無茶しようとしたら彼岸花の毒を喰らわせてやるっ」
「突然の殺害予告を受けた俺の心境が分かる?」
悪戯に笑うその顔も雰囲気もいつものひまり。
「彼岸花の花言葉って知ってる?」
「思うはあなたひとり…だっけ?」
「凄い由希!あとはねー"独立"って意味もあるんだよー。…応援してるから…頑張れ由希!」
眩しいくらいの笑顔に、少しだけ頬を染めてお礼を呟いた。
いつも通り。いつも通りなのに…何故こんなにも…
怖いんだろう
彼岸花の花言葉
思うはあなたひとり
独立
あきらめ