第2章 おかえり
ひまりが上まで行くのを見送ってから、はとりに電話する為に買い物袋を玄関に置いたまま奥に向かう。
ガチャン
電話の前には綾女が立っていて、どこかに電話していたのだろう。受話器を置いた所だった。
由希に気がつくと、傲慢な面構えで振り向き仁王立ちしている。
「やあ、由希!聡明で洞察力に優れ、王家の気品に満ち溢れたこの兄に!称賛の言葉をかけたまえ!!」
明らかな上から目線というやつで由希に指を差す綾女に冷たい視線を送る。
「兄さん…申し訳ないけど今遊んでる…」
邪魔するなと遠回しに伝えようとした所で、珍しく真剣な顔する綾女に言葉の続きを飲み込んだ。
「とりさんが所用が終わり次第、此方に向かってくれるそうだよ。」
由希は目を見開いて驚いた。
さっきの電話ははとりに連絡してくれてたのか…。
「塩をひとつまみ入れた水と、脇と両側の首筋を冷やすようにとの事だよ。」
「あり…がとう」
先程のひまりをジッと見ていたときに状況を理解したのだろう。はとりから的確な指示を受けていた。
いつもの調子と違う綾女に戸惑いながら礼を言って、言われたものを用意しようと一歩踏み出した時に「由希」と呼び止められた。
「あと…これはボクからだが…君が気に病む必要はない」
穏やかに笑う兄に更に戸惑う。
「気休めの…言葉ならいらない」
判断を誤った俺の責任。
綾女から視線を逸らして拳を握りしめた。
「案ずることはない!夫婦たるもの如何なる試練も2人で乗り越えていくものさ!!さぁ由希!今すぐ眠れる森の美女を熱い口づけで救いたまえ!」
またいつもの調子に戻り訳の分からないことをほざきだす兄に、お礼を言ったことを後悔した。
「なんだいなんだいその顔は!怖気付いてしまっているのなら仕方がない。兄であるこのボクが!王子に代わってひまりに慈愛に満ちた口づけをするしかなくなったではないか。」
そう言って階段に向かおうとする綾女の肩を強めに握って止めた。
「うるさい。帰れ。今すぐ帰れ」
由希は額に青筋を立ているが、語尾にハートがつきそうな程"穏やかな笑顔"であった。
綾女はプンスカしながらブツブツと文句を言っているのを無視して、玄関に置きっぱなしにしている買い物袋を取りに行った。