第8章 彼岸花
「慊人…俺は…囚われたものじゃなくて…自分の決めた道を、自分の足で…歩きたいと思ってるよ」
由希の言葉に慊人は一瞬顔を歪ませる。
歯が折れるんじゃないかと思う程に歯噛みして持っていた傘を地面に叩きつけた。
その時、汗が流れた時のようなむず痒さに由希が頬に手を触れてみれば指の先が赤く染まった。
由希の指を目の当たりにしたひまりは片手で口を覆って「ヒッ」と喉が鳴ったような声を出す。
「あ…由希…目…」
「いや目は大丈…」
「お前のせいだっ!!!!」
由希の言葉を掻き消したのは慊人の責め立てるような叫び声。
ひまりは絶望したように表情を歪めながら慊人に視線を戻す。
「お前のせいだっ!由希が怪我したのも、僕を裏切ろうとしているのも!!全部欠陥品のせいなんだよ!お前が出しゃばるからだろ!欠陥品の癖にそそのかしやがって!!不幸を呼ぶ事しか出来ないお前が自分の立場を忘れるからだよ!全部お前のせいだッ!壊す事しか出来ないお前がいるからッ!!由希の目が駄目になったらお前のせいだからな!」
目を見開いて歯を食いしばりながらひまりを罵り責め続ける慊人を、紅野は宥めながら引きずるように二人から距離を置いていく。
「どうせお前は壊れる癖に!!出しゃばるなよ!!お前如きが受け入れられる訳ない癖に!!お前には一生僕しかいない!!出しゃばるな!!出しゃばるな!!!」
紅野は興奮した慊人を胸の中に抱いて二人を見せないようにしていた。
ちらりとひまりに視線を向けてから、由希に目で訴える。
"今のうちに行け"と。
壊れる…?
由希は慊人の言葉に不信感を抱きつつも紅野の指示通り、ひまりと繋いでいた手を引くが彼女は放心したように一点を見つめたまま動かない。
それを無理矢理力加減も出来ずに引っ張ると、バランスを崩しつつもひまりは歩き出した。
遠ざかっていく慊人と紅野を振り向くことなく歩みを進める。
どれ程慊人達から遠ざかったかは分からないが、一旦落ち着かせようと近くにあった空き地に入る。
湿った砂利道を進んで奥まった場所で止まりようやくひまりの顔をちゃんと見た。
ひまりは血の気を無くしたような顔色で、瞳に玉のような滴を溜めながら由希を見上げていた。