第8章 彼岸花
「由希ッ…手…」
選択を間違ったかもしれない。
階段の下で目を吊り上げた慊人を見て由希は自身がした決断に怖気ずく。
ひまりと繋いだ手をすぐに離せば良かっただろうか。
だが、慊人と目が合った瞬間、僅かに震えた彼女の手を離すなんて考えは浮かばなかった。
もう誰かのせいにして、自由を奪われているなんて考えるのは嫌だった。
守りたい存在を守れない自分が。
そんな自分がすごく嫌だ。
明けない夜に蹲って目を閉じて耳を塞いで。
夜が明けないのを"神様"のせいにしてればそりゃ楽だろう。
動けない事の責任を押し付けてしまえば心が軽くなる。
——— こっちから出向いてやるの!!
目を塞いだのも"俺"
耳を塞いだのも"俺"
動く事を諦めたのも"俺"
暗闇で前が見えなくても、震える足で立ち上がってこっちから出向いてやる。
変わりたい。そんな風に。
「こんな所で会うなんて…奇遇だね?由希、ひまり?仲良く何してるの?」
「…お詣りだよ」
鋭くさせた瞳と地を這うような声音の慊人に対し、由希は平静を装いながら、ギュッと握り返されたひまりの手を引いて階段を降り始める。
足に意識を集中していないと踏み外しそうになることに、心の中でフッと笑った。
まだまだ情けない。
慊人の目の前で立ち止まると、ひまりも横に並ぼうと足を踏み出したのを後ろ手で繋いでいる手に力を込めて静止させる。
彼女は守られたような形が嫌だったのか、なんで?と言葉には出さなかったが咎めるような目付きで見上げた。
由希はソレに視線ですら返事をしない。
慊人は由希の言葉を聞いて、怒りを宿した目を見開いたまま馬鹿にしたように笑い始める。
「僕を…"神様"を冒涜するお前等が、神頼みをしたの?…くくっ。何それ?ねぇ、どんな願い事をしたんだい?聞かせてよ?ねぇ?言ってみろよッ!!」
「慊人っ!」
由希の手に持たれていた傘を奪い取り、その先端を由希より一歩後ろにいるひまりの顔に向けて突き出す。
それを庇いに行った由希の目の下を掠めた傘は、その軌道を変えられて目を見開くひまりの耳の横で動きを止めていた。
慊人は紅野に背後から羽交い締めにされていたが、憎悪に満ちた刺さるような視線を二人に向けており、由希とひまりの背に戦慄が走った。