第8章 彼岸花
高い木々達に囲まれた小さな社へと繋がる、所々に隙間が開いた一本道の石畳。
時折葉に溜まった水滴が落ちてきてピチャンと音を鳴らしている。
道の脇に生える滴に濡れた緑は、しっかりと背筋を伸ばしてその重さを感じさせなかった。
拝殿の前で並んだ二人は顔より少し下で手を合わせて目を閉じる。
雨の後の澄んだ空気の中では、本当に"神"という存在に祈りが届く気がした。
閉じていた瞳を開けて深く頭を下げるそのタイミングも、ひまりと由希は一緒だった。
その事にお互い顔を上げ、見合わせて微笑む。
「ひまりは何をお願いしたの?」
「んー。ベールの歌詞の謎が解けますようにーって。由希はほんとに私が太るようにってお願いしたの??」
「さぁ?願い事は秘密にしなきゃ…ね?」
「いやいや、ね?じゃないから。私に言わせてるから」
由希の爽やかな笑顔にひまりは冷めた目を向けて口を尖らせた。
「俺が代わりに解くから」と彼女を宥めるように頭に手を置くが、半眼で口をへの字にしたままだった。
解けますように。彼女の呪いが解けますように。
こんな願いをしてるだなんて、言える訳ないと思わないか?
由希はフッと笑って未だに機嫌を損ねた雰囲気を出しているひまりの手を取った。
「拗ねない拗ねない。次はどこいくの?たこ焼き?」
ただ俺が手を繋ぎたかった…ってことも秘密。
たこ焼きの言葉に「早速太らせる気満々なんですけどー」と口を尖らせてはいるものの声のトーンから察するに、彼女の機嫌は戻ったようだ。
繋いだ手は振り払われることはなく、鳥居を出て石の階段を降りていく。
反対の手に持たれた畳まれた傘の先端が、コン、コン、と一段降りるたびに石を叩く。
「新しく"ユズ塩"が追加されたらしいけどひまり知ってた?」
「え!ユズ塩たこ焼き!?美味しそう!それ!私それにする…ッ!」
濡れた階段ではしゃぐひまりが足を滑らせたのを、繋いだ手を上に上げて助けてやれば、申し訳なさそうに笑って「ありがと」と呟いた。
「気をつけて」と更に強く手を握る。
もう少し神社で長く願いを込めていれば。
彼女のことだけを見るんじゃなくて周囲に気をつけていれば。
ひまりの傷ついた顔を見ずに済んだのかもしれないなんて、胸を痛めることはきっと無かった。