第8章 彼岸花
薄暗い部屋から外を眺める華奢な背中が、いつもよりも小さく見える。
外はその小さな背中から見て取れる、不安や嘆きを聞いてやるものかと言うように雨が音を立てて降りしきっている。
「慊人…体調が悪いなら横になった方がいいよ」
声を掛けるとゆっくりと振り向いて僅かに目を細めた。
こちらに近寄り腰を下ろすと頬、首筋、胸まで手を滑らせてからシャツのボタンをひとつ開けた。
そこから直に肌に触れるようにシャツの中へと手を滑らせていく。
あぁ、まただ…。
「ねぇ紅野?雨が止んだら…少し出掛けない?」
妖艶に微笑む慊人に「体調は?」と聞けば「いいよ、凄く」と口端を上げて答えてから唇が重ねられた。
離れた慊人の唇が「抱いて?紅野…」と動かされる。
また…。また俺は…。
今度は深く唇を重ね合わせながら、慊人の着物の中に手を滑らせて胸の膨らみに触れた。
俺はもう、追い立てる存在もないのに。
もう違うのに。
何者にも囚われない"人間"なのに。
「くれ…の…っ」
駄目なんだ。
見放さない。
見捨てられない。
目の前の壊れそうな少女を。
——— いかないで!離れないで!どこにもいかないで!そばにいて!ずっと側にいて!捨てないで…僕を…僕を見捨てないでぇ!!紅野ぉ!!!
誰が突き放すことなんて出来るだろう?
十二支との絆が"総て"の小さな少女を。
世の中を知らない少女にとってはそれだけなんだ。
"十二支との絆"だけが全てで、"生きる糧"なんだ。
それが何の前触れもなく"解けてしまった"俺が…いてやらなきゃ…側に…。
——— それが本当に…"慊人さんの為"になるって…本気で思ってるの?
分かってる…きっと間違ってる…でも…
「慊人…っっ」
無理なんだ。
他の十二支を騙して…鳥に憑かれたままのフリをして…それで
それで儚げな少女が泣かずに済むなら…と誓ったんだ。
脆くて、臆病なこの子の側でずっと…生きていこうって…。
——— 草摩の絆は"ホダシ"…。縛り続けられるわけがないんだよ。現実に貴方の呪いは解けたでしょ
頭に響いた声に紅野はギュッと目を閉じた。
「ねぇ、紅野…。もうすぐ雨が…あがりそうだね」
隣で横になる慊人の体温を感じながら頭を撫でた。
「…あぁ」
一番の臆病者は俺かもしれない。