第8章 彼岸花
珍しく寝ぼけることもなく、しっかりと目を開けて起きてきたひまり。
最初は余程深く眠ることが出来て、スッキリ目覚めたんだろうと思っていたが、どうやら違うらしい。
白い肌に似合わない霞んだ下瞼に、由希はなるほど。と納得した。
彼女は寝ていない。だからいつものような寝起きの半眼じゃなかったんだと。
「うっそ!隈できてる!?えー。やだなー」
ヘラリと笑いながら驚いた様子もなく、軽口を叩いているような様子から、彼女にとっては予想外の事ではないんだな、と理解する。
何かあったのだろうか。
目の下に隈は作っているものの、いつもと変わらずニコニコと準備を続ける彼女に、暗い部分をほじくり返すようなことを聞くのは野暮だと思い辞めた。
「寝てないなら出掛けない方がいいんじゃない?」
「早めに目覚めただけだよー。何か出掛けたい気分だし!付き合ってよ!」
何がそんなに楽しいのか、目の前の彼女は花を咲かせたように微笑んで窓の外を指さした。
向こうのほうの空が明るくなって来てるから昼までには止むよ!とまた嬉しそうに笑う。
ひまりが笑うならどんな事でもしてやりたい。
でも心に巣食う闇は空のようには晴れ間を見せてくれなくて。
彼女が自分を見る目が、潑春に見せてもらったあの写真とは似ても似つかなくて。
夾のせいでこっちを向いてくれないだなんて図々しく人のせいにする。
「…いいな、空は。…晴れることが分かるから…もうすぐなんだって、目に見えるから」
慊人のことに関してもそうだ。
怯え、支配され…依存している。
抗えない呪いから抜け出したいと思ってる癖に、身動きが取れない自分に"そういう絆だから仕方ない"と理由付けして目を逸らす。
もう嫌だった。
「明けない夜も…あるもんね」
切なげに微笑みを向けるひまりに少し心が軽くなる気がした。
なんだろう…暗闇の中で動かずにいる自分を否定せず受け入れてもらえたようで。
「よし!気が変わった!朝ごはん食べたらすぐに出掛けよう!」
「え?いや、でもまだ雨が…」
「こっちから出向いてやるの!!」
ニッと歯を見せた彼女に由希は首を傾げた。
「明けてる場所にこっちから行くの!雨が止む瞬間見に行こう!はい、目的地決定!」
あの辺ね!と笑って晴れ間を指差す彼女に、何だか涙が出そうになった。