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ALIVE【果物籠】

第8章 彼岸花


僅かな温もりも、聞こえる呼吸音も…全てを感じてたい。

時折吹く冷えた風が、火照った頬にはちょうど良かった。

風に吹かれた前髪を直そうと、身体の横にだらりと置いていた腕を持ち上げるときに夾の手にトンと当たる。

心臓が跳ね、動揺したことが悟られないように自然に持ってきた手で前髪に触れ、目を開けた。

そこには先程と変わらない夜空。

しかし隣からの突き刺さる視線に恐る恐るそちらに目を向けた。


「…お前、寝てただろ」

「…風を感じてただけ」

「天体観測観測じゃねぇのかよ」


暗闇とは言えこの近さと慣れた目なら、相手が目を開けているかどうかくらいは分かる。
ひまりはまた隣でククッと喉を鳴らす彼に自然と頬が緩んでいた。


目の前には真っ暗な闇の中に光る星。
肩の温もりで感じる夾。

今この世界には二人だけな気さえした。

たった二人だけの世界でこうして空を見上げて。


幸せだ。と口に出したら夾はどんな顔をするんだろう。
困った顔で「なんだそれ」とか言うんだろうか。

報われることを求めている訳じゃない。


「って、お前何泣いてんだよっ」

「…気のせいです」


ズズッと鼻をすすってしまっては、誤魔化しようがないことは分かっていた。


呆れたようにため息を吐いた夾は服の袖でひまりの涙を拭ってから、また彼女の横に寝転がる。

今度はだらりと下げていたひまりの手をギュッと握って。



「…んだよ。何かあんだったら…聞いてやるから」

「……月が綺麗ですね」

「新月だろーが。どこにあんだよそんなもん」

「見えないだけであるんだし。馬鹿なの夾」

「それぐらい知ってるっつーの」



今日だけは独り占めすることを許して下さい。

もう片方の手も握られている手に添えると、夾は一度繋いだ手を離して両手を片手で容易く包み込む。

そこで涙を堪えることを辞めた。
握られた手に言葉には出さずに「好き」と想いを込めた。
想いは込めるのに届かないでと願う矛盾。

壊したくない。この関係を。

忘れたくない。この温もりを。


忘れたくない。忘れたくない。


消えないで。
この想いも、温もりも。

どうか…。

今夜だけは私だけの…。


お互い向かい合って、夾は空いた手でひまりの後頭部に手を添えた。

近付けないこの距離が悲しかった。
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