第8章 彼岸花
じゃーっと熱いお湯が全身を打つ。
自身の身体を伝って排水溝へと吸い込まれていくそれを、ただ眺めていた。
——— 全てを差し出せ……"禁忌の牢"に住むこと…
全てを…失うのか…私は。
また、悲鳴が喉の奥から漏れ出してきそうだった。
下唇を噛んで耐える。
賭けが終わってからいくらでも嘆けばいい。
勝てる見込みは…ゼロなんだから。
キュッとシャワーのお湯をとめる。
ポタポタと前髪から落ちる滴を涙の代わりにして、曇った鏡を手で拭うと映し出される自身の顔。
「…酷い顔」
情けない顔をした鏡の向こうの自分に乾いた笑いが出た。
別荘で見たものよりかは劣る、都会の夜空に煌く星達。
ただ、林の中では木々達の葉が邪魔していたが、今は視界を遮るものはなにもなかった。
お風呂の後。
寝る準備をして布団に入ったはいいが、ひまりは寝付くことが出来ず、部屋を出てベランダから空を見上げていた。
ふと視界を邪魔する屋根を見上げ、あそこなら目の前いっぱいに星を眺められるんじゃないかと思い手すりを足場にしてよじ登り、寝転んだ。
想像通り、真っ暗闇の中に点々と光る小さな白だけが彼女の目の前に広がった。
禁忌の牢からは空を見ることが出来るだろうか。
全てに繋がっている空を見ることが出来るなら、まだ…救いだ。
ひんやりとした微風が、ガタッという音を引き連れてひまりの顔を舐めるように通り過ぎる。
「なにやってんだ?お前?」
「え、夾っ」
皆が寝静まったと踏んでいたひまりは、夾の登場に勢いよく上半身を起こした。
怪訝な顔をして首から上だけを出していた夾は、慣れた様子で軽々と屋根の上に上がるとひまりの隣に腰を下ろす。
今日が新月であることに感謝した。
情けない顔を、暗闇に隠すことが出来るから。
「夾こそ、寝たんじゃなかったの?」
「んあ?下に水飲みに行ったら屋根から物音聞こえて、見に来たらお前がいた。…んで?何してんだ?」
「天体観測」
「なんだそれっ」
フッと笑う声が聞こえて、胸がキュっとなる。
あぁ…やっぱり…。
今日が新月で良かった。
先ほどよりも強く感謝した。
ひまりが寝転ぶと、夾もそれを真似て寝転ぶ。
肩に当たる夾の温もりに天体観測だと理由付けしていたのに瞳を閉じた。