第8章 彼岸花
感情がコントロール出来ないのは悪い癖だ。
もがけばもがく程、絡まる糸に身動きが取れなくなった身体は、きっと夜露に溺れてしまうのに。
"恋"とは歌やお話で表現されるような綺麗なものじゃない。
ケラケラと笑う彼女を見ながら、潑春はそんな事を考えていた。
「そろそろ帰ろっかなー。ありがとうね!春!」
帰る準備を始めるひまりに、別の所へと飛んでいた思考を無理矢理引き戻し、考えを巡らせる。
僅かでもひまりを引き止める方法。
「あ、そうだ」
「ん?」
「リン……ひまりが会いたがってたって言ったら、会うって」
「え…うそ…?」
ひまりの瞳がこぼれ落ちそうなほどに大きく見開かれる。
一度、完全に拒絶された別荘での出来事。
諦めていた。依鈴と関わる事を。
でもそれは間違っていた。
その後に思い出した依鈴との記憶。
信じる事が出来てなかった。
依鈴は何があっても信じてと言ってくれたのに。
きっといつも気に掛けてくれていた。
会ってちゃんと話をしたかった。
拒絶の理由も…知りたかった。
まさか、こんなにも早くその願いが叶うとは思っていなかった。
「いつ!?リンにいつあえるの?」
ひまりと同じく立ち上がっていた潑春に詰め寄ると「それは分からない」と返され、落胆の色を見せる。
だが、それを見せたのはほんの一瞬。
嬉しそうに細めた目で潑春を見上げる。
「でも…会えるってことなんだよね!会いに…きてくれるってことだよね!」
「近々、リンの方から尋ねて来るんじゃない?…ひまりは、待ってたらいい」
「そっか…ありがとう春!!」
屈託のない笑顔を向けるひまりの頭にポンと手を置いて、そろそろ自分勝手な我儘は自重する為に「帰るんなら、送る」とポケットの中に手を納めた。
もがきすぎて息が出来なくなってしまっては元も子もない。
「え、いいよ。帰りに生理用品買うんだってば」
「だから…一緒に」
「くーるーなぁー!」
当たり前のように"生理用品"と恥ずかしげもなく口に出す彼女にも、男と一緒にそれを買いに行くことには抵抗があるらしい。
流石に強行突破すれば彼女の機嫌を損ねる結果になる事は目に見えていたので、じゃあ門のとこまで。とひまり共に部屋を出た。