第8章 彼岸花
「お願いだから痛くしないで」
「…それは、無理な…相談」
神に祈るように口元で手をギュッと組んでいるひまりのお願いを、潑春はなんの躊躇もなく断った。
ファーストピアスを抜かれ、消毒液で固まった血を拭き取られる痛みに反撃の言葉を言うことも出来ず口を固く結んでいる。
「はい、終わり。…ピアス…これのキャッチ…合うやつない…」
潑春は丁寧に処置を終えて、机に出されていた収納ケースを開く。
それには色々な形のピアスやキャッチがそれぞれに収納されていてひまりは感心していた。
「春って結構……あれ?なんて言うんだっけこういうの…。精密…じゃなくて…不器用じゃなくて…きっちょ…?お?きっちょう?」
「それ、言うなら…几帳面」
フッと笑う潑春にひまりは「それそれ!それが言いたかったの!」とケラケラとお腹を抱えて笑い始める。
無邪気な笑顔に釣られつつ、たった今褒められた収納ケースをひまりの前に差し出した。
「違うキャッチだとダメなの?」
「付けられるけど、不安定。気付かない内に外れたりするから…。どれでも好きなの選んで」
「もらっていいの?」
「うん、あげる」
頬杖をついて、「どれにしよー」と嬉々とした瞳をケースに向ける彼女の横顔を眺めた。
目元に陰りを作る長い睫毛も、スッと通った鼻筋も、潤って艶めく小さな唇も。
全てに感情を掻き立てられる。
宝石を纏ったような、夜露に濡れた蜘蛛の巣の余りの美しさに引き寄せられるようだった。
危険だと…ただ絡まって抜け出せなくなるだけだと分かっているのに。
「ねぇ…ひまり」
「んー?」
警告音を無視して手を伸ばしてしまう。
「好きだよ」
キョトンとしたひまりの表情に安堵する。
勝ち目のない勝負をするつもりはない。
するつもりは無いが、絡みつく糸の中でもがけば、その存在には気付いてもらえるかもしれないから。
「知ってるよー!穴友だもんねー!」
「…だからソレ…下ネタ…」
小さな黒い石が一粒付いたピアスを選んだひまりからそれを受け取り、左耳に通してやる。
自分の物が彼女の体と共に存在している事への優越感。
彼女を形成する物全てが、俺の物で出来ていけばいいのに。
底知れぬ独占欲は己を苦しめるだけのものだと理解はしている。