第8章 彼岸花
潑春の所へと向かう途中、丁度帰宅してきた制服姿の目当ての人物と出会った。
驚いたように目を見開いた潑春の元へひまりは笑顔で走って行く。
「あれ…どうしたの…本家に用事でも…」
「違うよー!春に用事!」
「とうとう…俺の嫁に…」
「いや、違うから」
呆れた顔で潑春の額に軽くチョップをお見舞いすれば、フッと口角を上げて笑う彼に、上手く誤魔化せてる…と心の中でホッと息をつく。
「それで…?ほんとに俺に…用事だった?由希からは、生理用品買いに行ったって…聞いてたけど」
「正解だけど女子の買い物に対してプライバシーのかけらも無いのか牛と鼠は」
どうせ由希が「ひまりは薬局に買い物に行った」とでも言って、勘の良い潑春が導き出したであろう答えだったのは分かっていたが、お前が主犯だと言わんばかりに潑春を睨みつけた。
「それにしては…買い物袋…無いけど…?」
「それがさー、買い物行く途中で髪の毛が邪魔で縛ろうとした時に制服の袖が引っかかっちゃって。ピアスの後ろ?の留め具みたいなやつも見つからないし、これは潑春の所行かなきゃと思って」
よくもまぁこんなにもスラスラと嘘が吐けるなと心の中で乾いた笑いが出た。
それを信じた潑春は、ひまりの左耳に触れて様子を伺う。
「ほんとだ…血出てるし…キャッチが無くなってる…。このピアスのキャッチ…特殊…。…合うやつあるかな…」
うーんと悩む潑春にひまりはギョッとして彼を見上げた。
まさか出血しているとは思っていなかったから。
「え、これ閉じちゃう?」
「んーん。大丈夫」
眉尻を下げるひまりの頭をポンとひと撫でしてから背を向けた潑春は「とりあえずウチおいで」と歩き出した。
大丈夫の言葉に安堵したひまりは彼を追いかけて横に並ぶ。
「ところで…生理用品、買いに行くの…着いていこうか?」
「年頃の女の子に対して微塵の配慮もない提案にビビリ倒してるけど、その勇気には感服するよ」
「…着いてきてってこと?」
「着いて来んな。皮肉を読み取れ」
とりあえず先生の家にひまり遅くなるって電話しとく…とスマホを操作し始める潑春の横顔を見つめた。
今日から全ての人間を騙し続けなければならない。
締め付けられる胸の痛みに気づかないフリをして。