第8章 彼岸花
ひまりは淀んでいるような部屋の空気に唾を飲み込み、気怠げに机に突っ伏していた慊人に視線を向ける。
それと同時にその体をゆっくり起こし薄く笑った。
「よく来たね。期限は明日なのに良かったの?」
手を差し出す慊人に近寄ると、隣に座るよう促された。
機嫌が良いのか、慊人を取り巻く空気はいつもよりも柔らかいもののように思える。
「うん…もう、決めたから…」
慊人はその言葉に目を細めて微笑んだ。
とても嬉しそうに。
「そう、良かった。それなら賭けの期日だけど…」
「少し変えてほしい所が…ある!じゃないと賭けは受けない!!」
言葉を遮ると、慊人は細めていた目を一瞬開いてから微笑み、ひまりの肩に頭を預けた。
「…いいよ。言ってみて?」
慊人の温もりを肩に感じながら、心臓の音が慊人に聞こえていそうでギュッと手を握る。
「私に…私にリスクが大きいって言ってた…よね。それなら…この賭けを受けた時点で…夾の幽閉を無しにしてもらいたい」
慊人がサッと頭を持ち上げ肩が軽くなり、視線が交わる。
不機嫌さを滲み出した顔をひまりに向けていた。
「…それはお前の勝利条件だろ?どうして僕がそれを聞いてやらないといけないの?」
慊人の唇は弧を描いていたが、その目は気が立ったように鋭くなった。
一瞬にして空気が張り詰める。
怖い。
けど、これでいい。
「勝利条件を…私の幽閉を無しにする…に…変えてほしい」
恐怖で言葉が詰まる。
慊人はひまりの予想通りに顔を歪め、笑い始めていた。
「はは…あははっ…やっぱり何だかんだ言って自分が助かりたいんだね…くくっ。いいよ、哀れな化け物に希望を持たせてあげる…くくっ。でも…お前のそのワガママな条件を通したいなら、自分のリスクを上げる必要があると思わない?」
心臓が大きく跳ね上がった。
思い通りに事は運んでいる筈なのに…何を言われるのかと恐怖で唇が震える。
「いい…よ。リスク…受け入れ…る…」
ひまりの言葉に慊人は満足そうに薄く笑った。
「夾だけだと言っていたけど、お前の全てを差し出せ。あとは…幽閉後の住む場所だけど…"禁忌の牢"に住むこと…どう?このぐらいの条件呑めるだろ?」
予想外に跳ね上がったリスクに血の気が引いた。