第8章 彼岸花
ほんの少しの間だったが、懐かしい部屋に透は穏やかに微笑んだ。
ひまりの「適当に座ってー」の言葉にローテーブルの前に腰を下ろし天井を見上げる。
一部だけ色の違うソレを見てまたクスッと笑った。
「あれだけ色が違うんだよねー後付けされた?みたいな?」
「あ、ひまりさんはご存知無かったのですね!あれは夾君が屋根を突き破って…」
「えぇ!?」
ひまりも透の横に腰を下ろし、まさかの理由に驚きの声を上げる。
「そうなのですよ!私が初めてこのお部屋に通して頂いた日に、夾君が天井を突き破って降ってきたのです!」
「どういう状況…っ、そ、それはなんで…っふふっ」
笑顔で天井を指差す透に、それを想像したひまりが笑いを堪えながら続きを促す。
「由希君との勝負?の為に来られたようで。私はもうビックリしてしまって、喧嘩を止めねばっと思った時には足を滑らせて、夾君に抱きついてしまったのですよ」
今度は困ったように微笑む透に、ひまりは、それで十二支のことを知ったんだ…と納得する。
「透君は…十二支のこと知って…気持ち悪いって思わなかった?」
その質問に一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに全てを包み込んでくれそうな穏やかな笑顔をひまりに向ける。
「いいえ。思いませんでした。確かにビックリはしましたが…気持ち悪い等とは決して思いませんでした。むしろ私は十二支のお話で猫さんが大好きで。十二支の猫さんが存在していたことの喜びの方が大きかったですね」
「そうだったんだ」
表情にこそ出さなかったが、またひまりは胸を締め付けられた。
そっか。そりゃぁ…好きになっちゃうよな…透君のこと。
でも、締め付けられたのはそれだけが理由じゃない。
暖かく、包み込んでくれるような彼女の存在に、もう顔も分からない母の姿を重ねてしまっていたから。
「ねぇ、透君」
「はい、なんでしょう?」
聞いて欲しくなった。
草摩の人間以外に、十二支のことを…間違って産まれた存在の自分のことを話すだなんて本来ありえないのだが。
「私も物の怪憑きなの。由希と同じ鼠の」
「そう…だったんですね」
自分自身でもビックリしたが
懐に飛び込みたくなった。