第8章 彼岸花
分かっていた筈じゃない。
修学旅行の時に。
夾が透君に向けていた熱を帯びたような視線。
何を今更傷付いてんだか。
「ひまり、由希君おっかえりー!」
「ただいまー!あ、紫呉!今日透君が夕飯作りに来てくれるんだよー」
「えー?透君ー?久しぶりだなぁ…ってその透君は?」
居間へと入ってきたひまりと由希の後ろを覗き込むが、肝心の透がいないことに疑問を抱いていた。
「今、夾とスーパーで買い出ししてくれてるよー」
「え。夾君が?」
紫呉の驚いた表情にひまりは「珍しいよねー!ありさにも変な物食べたんじゃって揶揄われてたよ」とケラケラと笑っていた。
「まぁ、アイツもたまには役に立つってことだろ」
「由希君言い方ぁー」
紫呉の言葉を背に受けながら、由希は部屋着に着替える為に階段を登っていく。
ひまりも、着替えて準備しなきゃ!と由希の後について行こうとした所で紫呉に腕を掴まれた。
「夾君と…透君…ねぇ?」
見透かしたような意地の悪い顔に、眉根を寄せてしまいそうなのをグッと堪えて首を傾げる。
「え?なに?」
「いや?ただ、珍しい組み合わせだなぁと思ってね?それに君が…あまりにも普通すぎて…ね?」
「…話が見えないんだけど?」
訳がわからない…と言うように怪訝な顔を作ってみせた。
本当に全てを見透かされているようで、背筋が緊張で強張る。
張り詰めた空気の中、パッと手を離し紫呉はニッコリと人の良い笑顔になった。
「…いや、こっちの話。透君、夕飯何作ってくれる予定なの?」
「肉じゃが作ってくれるんだって!私がリクエストしましたー!」
「いいねぇ肉じゃが。透君の肉じゃが、確か夾君が好きだったよ」
ほんとに良い性格をしている。
ひまりはそれに気付きつつ、知らないフリをした。
煽られるな。乱されるな。
「そうなの!?じゃあ私のリクエスト、ファインプレーってやつだね!あとで夾に褒めてもらおーっと!」
ケラケラ笑いながら、「って、早く着替えてお米の準備しなきゃなんだって!」とひまりは引き止めてきた紫呉を膨れっ面で睨んでから階段を駆け上がった。
「…まるで水面でもがく子どもだね。足が着くほどに水深は浅いのにね…」
紫呉は片眉を上げて、そのまま居間へと戻って行った。