第2章 おかえり
階段を上がり、数歩歩いた所で気分の悪さでしゃがみこんだ。
さっき由希に渡された冷えたペットボトルで顔を冷やす。
ドクドクと自分でも分かるほど波打つ脈。
心臓が痛い。
空気が上手く吸えない感覚に焦る。
この感じは知ってる。パニックになったら終わり。
大丈夫、大丈夫と言い聞かせて長めに息を吐くことに集中した。
早く落ちつかないと様子を見に由希が来てしまうだろう。
言うことを聞け。私の体。
ある程度、気分の悪さも呼吸も落ち着いた所で立ち上がるために壁に手をついた。
部屋はすぐそこ。早く横になろう。
グイッ
腕を持たれて簡単に立ち上がれたことに驚く。
「…寝てんのかと思ったけど。何?調子悪ィの?お前」
少しだけ眉毛に皺を寄せて夾がそこに立っていた。
昨日といい、ほんとタイミングが悪いよ夾さん。
「ありがとう…けど、こんな…とこで…寝るわけないっ、でしょ。」
あー最悪。まだ息整ってないし、こんな姿見られたくない。
ダサい。情けない。
「朝は廊下で寝てたろーが。」
「あははー…た、しか…に…」
いつも通りに話しかけてくる夾の態度がありがたい。
こちらもいつも通りにしようと思うがうまく笑えない。
あーもー。ほんと…。
「笑うな。もう喋んな。とりあえず部屋いくぞ」
手を握られて引っ張られる。
その口調とは裏腹に、強引にではなく私の歩調に合わせてゆっくり歩いてくれた。
その優しさが
その暖かい手が
嬉しくて
拒絶したかった。
弱い自分がその優しさに漬け込もうとする。
全部吐き出してしまえば?
蓋を開けて何もかも解き放ってしまえば?
もういいじゃん。楽になろうよ。
ほら、そんな考えが浮かぶと落ち着けた呼吸が早くなる。
そうすると夾は振り向くでもなく、手を握ったまま立ち止まってくれる。
嫌な脳みそ。嫌な体。
甘えるな。
気を引き締めろ。
呼吸が落ち着いたと分かるとまたゆっくりと歩き出す。
優しくしないで。
漬け込ませて。
無関心でいて。
気付いて。
どうせなら最初から拒絶して。
お願いだから拒絶しないで。
心は乱されていくばかりだった