第8章 彼岸花
「乗るから出ててよ」と口を尖らせているひまりに、こういうのは女の子らしく恥じらいがあるんだな…と緩みそうになる口元を引き締めて洗面所の外の壁に背を向けてもたれかかった。
先程肩に体重を掛けられた時、あまりの軽さにゾッとした。
腕を掴んだ時も同じく。
毎日一緒に居ると、特に気にならなかったが改めて見るとこの家に住むようになったときよりも確実に細くなっている。
洗面所からピピッという電子音が鳴るのと同時に「え!?」と驚きの声を上げた彼女に「なに?」と由希は眉根を寄せた。
その反応からやっぱりか…と心の中でため息を吐く。
「いんやー?何もないけどー?」
「今更それが通用すると思ってるの?前の高校でも4月に身体測定あっただろ?その時より何キロ減ってるの?」
「いんやぁ?減ってませ」
「言え」
「あ、はい。4キロ減りました」
「……はぁ!?!?」
予想外の数字に理解が遅れ、間を置いて思わずひまりへと顔を向けて体重計に目をやってしまった。
焦ったひまりが体重計から降りて由希の目を両手で隠したが、表示されていた数字が見えていた由希には何の意味もなさなかった。
「ちょ、ちょっと見た!?ねぇ見えた?!見ちゃった!?」
「もうそれ…小学生レベル…」
細い手首を掴んで自身の顔を覆っていた手をどけてから、由希はしゃがみこんで今度はため息を外に出した。
「はぁ!?たしかに胸は小さいけど、そんな小学生とか…っ」
「そっちじゃない。むしろ体重よりそういう発言と行動に恥じらいを持て」
思わず睨みつけて本音が出てしまった理由は、見上げたひまりが自分の両胸を手で鷲掴みにしていたから。
由希は呆れながらゆっくり立ち上がると彼女の肩に手を置いて真面目な顔で見つめた。
「兎に角、デブエット始めるよ」
「…え?デブエット?ウケ狙いにしてはパンチ効いてなくないっすか?それで笑い取れると思ってます?」
「変身させるよ?」
「あ、さーせん。ヤベーッス。さっすが由希さん、センスが違うっすね。腹筋崩壊不可避っす」
「………」
「すみませんでした。やります。デブエットやります。オコラナイデ」
洗面所では背景に不穏な黒いオーラを纏った由希の笑顔と、顔の筋肉が全て強張ったひまりの表情が交差していた。