第8章 彼岸花
杞紗の愛くるしい姿と自身を呼ぶ声に、一瞬にして絶望から立ち直ったひまりはまた溶けそうな笑顔で杞紗と目線を合わせた。
「杞紗…久しぶりだね。凄くお姉さんになっててビックリ…」
「えっと…私…ひまりお姉ちゃんのこと…あんまりちゃんと覚えてないんだけど…」
本日二度目。
ひまりの時の流れが止まった。
あ、うん。
仕方ないよね。
小学二年生とかって覚えてたり覚えてなかったりだもんね。
うん、仕方ないよね。
そんな、全然!!
全然ショックなんか…
「由希、ちょっと肩貸して」
受けていた。
ひまりは由希の高い肩に肘を置いて前腕で両眼を隠して落胆している。
その姿にアタフタと焦り出した杞紗が握りしめていた物をひまりに向けて手を開く。
由希がひまりの肩をトントンと叩き、指差した所には小さな掌の上で羽を広げている二羽の鶴。
「…折り鶴…?」
薄い黄色と深い緑色をしたそれぞれの鶴に、ひまりは首を傾げながら杞紗の前で片膝をついた。
「あの…ね。覚えてることも…あるよ…。ひまりお姉ちゃんに教えてもらった…鶴の折り方…。お姉ちゃんがいなくなったあとも…燈路ちゃんといっぱい練習して…折れるようになったの…」
杞紗が一生懸命話してくれる内容に、その健気さに目頭が熱くなった。
「いつかね…お姉ちゃんに会ったときに…見てもらおうって…燈路ちゃんと言ってたの…。それでね…燈路ちゃんと一緒に作ったやつ…貰って…くれる?」
不安そうに首を傾ける目の前の少女のなんという無垢な姿。
ひまりが「ありがとう」と折り鶴を受け取ると、ふんわりと少女は微笑んだ。
燈路もあんな態度を取っておきながら、こんなに心のこもったお土産を用意してくれていたなんて…。
ひまりはゆっくり立ち上がると天井を仰いで目頭を押さえた。
「沼だ…。純粋無垢な甘々美少女とツンデレ美少年…。完全なる沼案件…」
「何訳の分からないこと言ってるの?ひまり?」
呆れた顔で由希がひまりに突っ込む。
その様子を見ていた燈路がひまりの前に来ると腕を組んで彼女を見上げた。
その後ろで「こらガキまだ話終わってねぇぞ」と怒り心頭の夾はフルシカトされていた。