第8章 彼岸花
家まであと5歩、というところで厚い雲が耐えきれなかったかのように雨を溢し始めた。
ひまりと由希は玄関に入り、頭や肩についた雨粒を払いながらいつもより多い、綺麗に並べられた靴に視線をやる。
小さなローファーと、それより少しだけ大きめな編み上げブーツ。
「杞紗と燈路!もう来てるんだっ!」
ひまりの記憶の中では、小学二年生の杞紗と小学一年生の燈路のままだった。
その時よりも大分大きくなった靴に、彼女たちの成長をワクワクしながら居間へと向かう。
草魔杞紗は寅の物の怪憑き。
草魔燈路は未の物の怪憑きだ。
杞紗も燈路も「お姉ちゃんっ」とちょこちょこ後ろをついて来て、服の裾を引っ張って遊ぼうとせがんできて…。
杞紗はいつもふんわりと愛らしい笑顔をしていて、燈路は男の子らしいヤンチャさを持ち合わせていたが、それでもお姉ちゃん大好きだよーなんて太陽みたいな笑顔を向けてくれていた。
杞紗は更に美人さんになってて、燈路はカッコよくなってるんだろうなぁ…。
ひまりは勝手に下がる目尻と緩む頬のまま、居間を覗き込む…
「なにその馬鹿みたいに緩んだ顔?何でこんなに遅い訳?わざわざ足を運んでやったっていうのに、腹空かしたまま待たされたこっちの身にもなってくれない?」
ピシリ…と"馬鹿みたいに緩んだ顔"のままひまりの時が止まる。
居間では予想通り、美人度を増した杞紗と、まだあどけなさを残しつつも男の子っぽく成長していた燈路がテーブルの前に座っていた。
記憶の中よりも僅かに低くなった声で悪態をつきはじめる燈路に思考が停止する。
ひまりは後ろにいた由希に瞬時に振り返ると縋り付くように胸辺りの服を掴んだ。
「待って!?私記憶おかしいかも!?いや、今現在の聴覚がバグってるってこと!?そういうことだよね?!そうだと言って!?」
「あ…うん。そう言えたらいいんだけど…」
困ったように眉尻を下げる由希の表情と言葉に絶望する。
居間では夾が燈路を叱責する声が聞こえていたが、それが聞こえない程にショックを受けていた。
「ひまり…お姉ちゃん…」
耳に届いた儚げな声に、振り返ると緊張したように胸の前で手を組んでいる杞紗が立っていた。