第8章 彼岸花
「それと…」
まだ何かあるのか。と折角解けた緊張が舞い戻ってくる。
ジッと見つめる夾の視線が少しズレている気がして困惑していると、ゆっくりと手が伸びてきた。
さっきとは違う意味で心臓が跳ね始め、平静を装うつもりで唇を結ぶ。
彼の手はひまりの顔の横を通って左耳にそっと触れる。
触れられた左耳に全身の熱が集まっていく感じがしてギュッと目を閉じると、「悪ィ。痛かったか?」と勘違いした夾が耳から手を離した。
「お前それ、わざわざ開けたのかよ?」
「そう、だけど」
未だに平静を装っているひまりは答えながら眉と両肩を一瞬上げる。
夾はハァァと分かりやすいため息を吐いてジト目でひまりを見た。
「…鞄にでも付けときゃいいだろって行っただろ…わざわざ傷作るようなことすんなよ…責任感じんだろ」
クローバーのピアスが"ピアス"だと分かった時、一番驚いていたのはひまりではなく夾だった。
「開けようかなー」と軽く言うひまりに鞄につけとけ、と提案したのは彼女の体に傷をつけたくなかったからだろう。
だからひまりはこうして睨まれている訳だが…。
「…鞄に付けてて失くしたら嫌だし…それに嬉しかったから…ずっと身につけときたいなって思っ」
ガンッッ
夾はひまりが話している途中で、まるでワザとそうしたかのように額をローテーブルにぶつけた。
「え?何やってんの?」と引き気味のひまりに、僅かに頬が染まった顔をゆっくりと上げ「…首が滑った」なんて今作ったであろう造語を口にする。
「首っ…首が滑ったって…なにそれっ…あははっ」
壁に背を預けて腹をかかえ笑い出すひまり。
更に頬の色を濃くした夾は「っるせ!あんだよ!!そういうことが!」とがなるが、その言葉はもっとひまりの笑いを誘うだけだった。
膨れっ面で頬杖をついた夾に、目尻の涙を拭いながら彼の額に手を伸ばした。
前髪を上げると赤くなった額。
「あーあ。赤くなってるよ。ちゃんと冷やしときな…よっ!」
殴打したその場所をパチンと叩けば、額を抑えて追い討ちをかけて来た相手を睨みつける。
「ひまり、お前〜〜ッ!」
「いつかのお返しでーす」
またケラケラと腹を抱えて笑い出す。
いつか来るその日まではこのままで…。