第8章 彼岸花
自ら訪ねてきたくせに「…よォ」とぎこちなく佇む夾の姿に既視感を覚える。
何とか「よぉ」と返すことは出来たが、張り詰めたような空気そして沈黙に、彼が来る前に音楽でも流しておけば良かったとひまりは酷く後悔した。
「あー…いやー…」
台詞までもが前回と同じもので、心臓の鼓動はさらに激しさを増す。
今、お前は物の気憑きなのか、と聞かれてしまえば隠し通せる自信は無かった。
「…俺のせいなんだったら…悪かった…ほんとに」
自責の念に苛まれているかのように、視線を落としてローテーブルを挟んで前に腰を下ろした夾に、ひまりはぽかんとした表情で2、3度瞬きを繰り返した。
「…え?いや、何のこと?」
てっきり物の気憑きの事を聞かれると思っていただけに、拍子抜けして肩に入れていた力が抜ける。
そして彼が言わんとしていることが全く分からず首を傾げた。
「…昨日帰ってきてからクソ由希に聞かれたんだよ。…ひまりに何かしたのかって…。思い当たる節が、無い訳じゃ…ねぇから…。その…こないだ…怖がらせちまったし…」
バツが悪そうに言葉を詰まらせる夾の姿に、あぁ…そういうことか…と理解する。
確かに発作に関しては原因は夾と言えば夾なのだが…
だからといって彼が責任を感じるものではない訳で…。
身構えていたのと、まるで悔恨の念に打ちひしがれているような夾の表情に緊張の糸が切れてフッと笑ってしまう。
「…今笑うとこじゃねーだろ」
「ふふっ…ごめんっ…」
眉尻を下げて笑うひまりに、今度は不貞腐れたように半眼にして彼女に視線をやった。
それでもまだ堪えながらも笑うことを辞めないことに、僅かに口を尖らせて頬杖をつく。
「違うよ、夾のせいじゃない。修学旅行前に風邪ひいてたし、修学旅行でもはしゃいじゃったし、そのツケが来たって感じで…」
そう話すひまりの顔を、まるで嘘を見破ろうとしているみたいにジッと夾が見据える。
ひまりは「ホントだってば」と先程夾がやっていたように口を尖らせて、誤魔化しがバレないように腹に力を入れた。
数秒の睨み合いの後、乗り出していた体を元の位置に戻した夾が「…それなら良か…ねーけど。無理すんなよマジで」と肩を竦める姿を見て、ひまりはホッと胸を撫で下ろした。