第8章 彼岸花
いつもと同じ景色。
紫呉も由希も、懸念していた夾もいつもと何ら変わりない。
それに安心しつつも、何となく居心地の悪さを感じるのは
自身の心境の変化をまだ整理しきれてないからだろう。
短時間で、あまりにも多くのことが起こりすぎて。
「はとりが車で送ってくれたの。えっとー…心配かけてごめん」
慊人に呼び出されたことを知っているのか気になっていたひまりは、謝罪を述べながらも由希と夾の反応を見ている自分に嫌気がさしていた。
彼等から返ってきた言葉は体調を気にしてくれるものばかりで、紫呉が言わずにいてくれたんだなと心中でホッと安堵する。
"賭け"を受け入れたら、こうして隠し、駆け引きをして悟られないようにしなければならないのか…。
その本質を理解し心に影りが生まれた。
「お前まだ顔色悪ぃぞ。もう部屋篭っとけ」
由希からの仕打ちに、未だに不機嫌さを全面にだしている夾がぶっきら棒にシッシッと手を払う。
またひまりは心を締め付けられた。
この人を…騙し続けなければならないのか…と。
「そう…する…ありがとう」
「家のことは気にしないで。ゆっくり休んで」
由希の労りの言葉に力なく笑い部屋に篭ることを決めた。
途中、紫呉のそばを通るときに彼にだけ聞こえる声で「ありがとう」と伝えると言葉は発さずにニコリと笑う。
主語が無くてもその意味を理解している紫呉は、やはり頭が回る人だなと心の片隅で思った。
陽の光で透けたカーテンが、風に揺ら揺らと踊らされている様を、ローテーブルの横に座り、壁を背もたれにして眺めていた。
きっと夾は深く踏み込まなければ、今の関係のまま…今まで通りの態度で接してくれるだろう。
それでいい。
それで充分だ。
どうか今の関係を保って欲しい…私はそれで…
コンコン
いつの間にか机に突っ伏していた所に突然のノック音がしてビクッと体が跳ねた。
体を起こして「どうぞ…」と声を出せばゆっくり開かれるドア。
今は何と無く夾に会いたくなくて
どうか由希でありますように…と願うが、見事にその願いは却下される。
開かれたドアの元に立っていたのは、出来れば今日はもう会いたくなかった透き通るような夕焼け色の髪を持つ人物だった。