第8章 彼岸花
いつもの纏わり付くような話し方とは一変して、"賭け"の内容を流暢に話す慊人の言葉を、一言一句逃すまいと呼吸音すらも抑えて集中した。
賭けの内容は確かに"私にとっては"リスクが高いものだった。
だが"夾にとっては"ノーリスクだ。
むしろただただ良い条件だった。
何となくわかった。
慊人は確実に私を潰したいんだと。
私が邪魔で仕方ないんだと。
既に勝ち誇ったように笑う慊人に、気道が狭くなったように吸い込む息が重い。
手が震える。
恐ろしい。
あまりにも無垢な醜悪が。
でもそれと同時に、慊人の歪さが見えた気がした。
「どう?化け物を救いたいんだろ?良い条件だと思うけど?」
「……」
「だんまり?別に僕はどっちだっていいんだよ」
肩を竦めて背を向ける慊人に「待って!」と焦ったように呼び止める。
するとひまりに背を向けたまま僅かに口角を上げた。
「考え…させてほしい…」
視線を床に向けたまま、ざらついた声で呟いた。
じんわりと痛む左耳に触れてから慊人に視線を移すと、面白くなさそうに眉根を寄せて腕を組んでいた。
「…一週間。それ以上は待たない。あと誰にも口外したらダメだよ?もしも言ったら…」
「その場で幽閉に応じる」
慊人の言葉に被せて言うと、今度は満足そうに目を細めた。
「良い心がけだね、欠陥品。まぁ、せいぜい自分の役割を考えなよ。廃棄される筈だった欠陥品が、誰かの役に立てるなら…初めて産まれ落ちた意味を見出せるでしょ?」
ふふっ、と口元を隠して笑うと窓枠へと向かう。
その時、木から落ちた紅葉がぎこちなく舞い落ちていった。
ひまりの腹の中は既に決まっていた。
このまま残された時間を過ごすだけでは自分自身も、夾も決まった宿命に身を委ねるだけだ。
抗えるんだ。初めて。
だが、リスクが高いのなら今出されている以上の対価を交渉出来る気がする。
考える時間がほしい。
せめて…せめて夾だけでも守りきりたい。
慊人の言う通り、私は産まれる前に死んでいる筈だった。
それだったら…この命…。
左耳のファーストピアスをギュッと握った。
待ち受ける苦痛に…恐怖に…今はまだ目を背けていたい。
今はまだ…綺麗なままでいたいから。