第8章 彼岸花
窓からは色を染め始めている紅葉が見えていた。
中途半端さが、やっぱり似ているなと思っていたのに。
「いらっしゃいひまり。早かったね?…修学旅行は楽しかった?」
いつものように窓枠に片足を上げて腰掛け、慊人は部屋にきたひまりに話しかけた。
ニッコリと笑うその穏やかそうな雰囲気に、心が休まることはない。
急に反転することを知っているから。
"楽しかったよ"と言うにはハードルが高くて、でも嘘をつけばそれを見抜かれる気がした。
「うん」と無難に答えれば、またニッコリと笑って慊人は外の紅葉に視線を移す。
そこからは長い沈黙。
鼓膜が圧迫されているような静けさに、今自身の耳はちゃんと機能しているのかと乾いた口で無理矢理唾を飲み込んだ。
ゴクリ、と鳴る喉が慊人にまで聞こえたんじゃないかと閉じていた口を更に固く結ぶ。
「僕…気になってたことがあるんだ」
突如破られた沈黙にひまりの肩が揺れた。
黙ったまま聞きたくない次の言葉を待つ。
「別荘でね、人間みたいに泣いてたから…どうしてお前は嘘でも泣いたのかなって僕なりに考えてみてあげたんだけど…」
窓から差し込む光にかざした手を見ながら話を続ける慊人の言葉の端々にトゲがあることに気付かないフリをして、汗ばんだ手をギュッと握った。
「あぁ、こんな事を聞くのも馬鹿らしいかな?ふふっ。お前さ、もしかしてさ?」
首を傾けて向けられた視線はまるで刃物のようだと思った。
握りしめる手に力を込める。
次に投げつけられる刃に身構えるように。
「あの化け物のこと…好きになったり、してない?」
慊人の唇がスローモーションで動いてるように見えたひまりは息をするのを忘れていた。
うまくその言葉が理解出来ず、目を見開いたまま頭の中で何度も繰り返す。
好きになったり、してない?
好きに…?
好き…?
夾が好き…?
もっと思い出が欲しい
誰との思い出?
もっと一緒にいたい
それはみんなと?
触れたい触れられたい
それはどうして?
嫌われるのが怖い拒絶が怖い
夾からの拒絶が…。
窓から見える紅葉が一枚だけ真っ赤に染まりきっていた。
この感情はずっと染まり続けていた
もう後戻りが出来ないほどに…。