第8章 彼岸花
翌朝。
はとりの部屋で診察を受けていたひまりが衣服を整えていると、何かを腹に据えかねたようにはとりが顔を歪めて腕と足を組んだ。
「…さっき紫呉から連絡があってな」
「うん?どうしたの?」
「…本家から紫呉の所に連絡があったそうだ。すぐに慊人の所に来い、とひまりに伝えろとな」
ひまりは背筋をピンとさせる。
ドキッと一度大きく跳ねた心臓に一瞬息が止まった。
だがすぐにニッコリ笑っていつも通りに振る舞い始める。
「…そう。りょーかい!紫呉んとこに連絡行ったってことは、私がここにいることは知らないんだよねー。ちょっと時間空けていくかー。…あ!春には何とか上手く誤魔化して!なんか、怒りそうだし!」
目の前で両手を合わせて頼み込むひまりに、「そのつもりだ」と返せばホッと安堵したように頬が緩む。
「由希達には…伝えるのか?」
「いや、発作で既に心配の種増やしちゃってるし、もし知らないなら敢えて言う必要もないでしょ」
ウーンと伸びをして「30分くらいゴロゴロさせてー」とベッドを占領したひまり。
はとりはチラリとその姿を視界に入れて、本棚から適当に暇つぶしのための本を手に取った。
「まぁ、安心しろ。お前が中にいる間は慊人の部屋の外に居るようにする」
「ふふっ。はとり心配性が過ぎるぅーっ」
「呑気なもんだな。こっちは発作が癖にならんか気が気じゃないっていうのに」
「大丈夫だってー。軽いのだったら自分で何とか出来るし、酷い発作とかそうそう出るものじゃないし」
「だから俺はそれを…」
はとりが話し続けているのを壁の方を向いてひまりはスルーしていた。
いつもより小さく見えたその背中に、はとりは僅かにため息を吐いて説教を終わらせる。
「とにかく…無理はするな。あと定期的に検診にこい」
「はぁーい」
少し上がった服の袖から見えた、慊人につけられた右腕の傷痕に顔を顰めてから本に視線を戻した。
ひまりは嫌な予感がしていた。
昔からこの予感はよく当たる。
むしろ"嫌な予感"がしたあとに何も無かったことは無いんじゃないだろうか。
この日を境に
ひまりは孤独の中でひとり戦い続けなければならなくなることを、まだ知らない。