第8章 彼岸花
ソファの背もたれに腕を置いて、頬杖をついている潑春は、「…ありがとう」と目を細めて小さく呟くと、ひまりの頬に指先でそっと触れた。
「結果…引き上げてやれたの、俺じゃない」
「え?…あ、はとり…?」
ひまりの問いかけに言葉を発することも、首を振ることもしなかった。
「…覚えてない?」
ジッと見つめる深いゴールドの瞳に、ひまりはたじろぎながら自身の記憶を探り始める。
硬直が起きる程の発作は久しぶりで、正直潑春と視線が合ってから後は記憶があやふやだ。
…誰かが来た…?
誰かの…温もり…匂い…。
ひまりは目を見開いたかと思えば、自身の掌をジッと見つめた。
そして潑春には聞き取れないほどの声で呟きながら指折り何かを数えている。
「春!!紙…!紙とペン貸して!」
はやる気持ちを抑えながら潑春からそれを受け取ると、机の上で紙に円と中心で交わるよう、円の端から端まで伸びる線を6本描いた。
まるで十二等分されたピザのような絵に、後ろから覗き込んでいた潑春は怪訝な顔をしていた。
円の真上から"子、丑、寅"と書き始めたところで、あぁ十二支を書こうとしてるのか…とまでは分かったが正直何をしようとしているかまでは理解できない。
順に書いていくひまりの手は、円の真下に文字を書き込んだところで止まる。
「…向かい…干支…」
「向かい干支って?」
潑春の問いにひまりは何も返さず紙を見続けていた。
拒絶された訳じゃなかった。
——— 信じて。何があってもひまりのこと想い続けてるから。この先、何があっても。
「リンが…抱きしめてくれてたんだね…」
潤んだ瞳で潑春を見上げる。
彼女の表情に、理性を効かせながら小さく頷いて「それは?」とテーブルにある紙を指さした。
「まだ本家で住んでる時にリンが教えてくれたの。ネズミと馬が向かいにいるでしょ。こういうのを向かい干支って言うんだよって。皆んながひまりの存在に気付かなくても、私にはちゃんと見えてるよって言ってくれたの」
「…じゃあ、リンに抱き締められてもひまりが変身しないのって…」
その言葉に2人は顔を見合わせて息を呑んだ。
"向かい干支だから…?"
言葉にはしなかったが同じ事を心の中で呟いた。