第8章 彼岸花
「はっ…?なに言って…」
「俺は本気だ。知ってること全部教えろ。ひまりを…解放したい」
真剣な眼差しに怯んだのは依鈴の方だった。
そんな夾から視線を外して歯を食いしばる。
「…ふざけんな…ふざけんなよ…っ」
依鈴は勢いよく夾の胸ぐらを掴み上げて睨みつけた。
それに臆することなく夾も彼女を鋭い眼差しで見つめる。
「お前みたいな…お前みたいな何も知らなかった奴に何が出来んだよ!?余計なことをするな!」
「そうだな…何も知らなかった。アイツのこと、つい最近まで。何も知らずに…生きてきた。…でも解放したい。みすみす幽閉になんかさせない、絶対」
「うるさい黙れ…ッ!猫憑きは自分の心配だけしてろ!」
「頼む…なんでもいい教えてくれ」
胸ぐらを掴んだままの依鈴の顔が徐々に歪み始める。
僅かに震えるその手に夾が気付いた瞬間、服が伸びそうな程に再度力を込められた。
「ない…ないんだよ!!探しても見つからない…ずっと、ずっと…探して…。解けたと…思ってたのに…解けてないって…、もう宛てなんか無いんだよ!探し尽くしてんだよ!!!何も分からないんだよ!!私が相手だったら変身しない理由も!何もかも!!もう…っ」
鋭い瞳に似合わず溜まる涙と依鈴の言葉に愕然とした。
「お前も…呪いを…?」
キッと夾を睨みつけると、引き止める間もなく長い髪を翻しながら、逃げるように依鈴は部屋から出て行った。
少しでも前に進めると思っていた依鈴からの情報は何も無かった。
そしてあんなにも切羽詰まる程に絶望的なのか…?
それにずっと探してる…?
ベッドですーすーと寝息を立てるひまりの横に立ち膝をついて顔を覗き込む。
左耳に光るピアスを見つけて目を見張った。
「わざわざ…開けた…のか?」
コイツ、痛いの苦手な癖に…。と痛々しく赤みを帯びる耳に触れると指先の体温が全て持っていかれそうな程に熱い。
自惚れるな。
脳内で慊人がそう言った気がした。
分かってる…。
分かってるのに…。
止まらないんだ。
どうすればいい?
「ひまり…発作起こすって、なにがあったんだよお前」
自分のプレゼントした物の為に開けたであろう左耳に、そっと唇を落とす。
触れたそこから体温だけじゃなく、全てが持っていかれるような…そんな気がした。