第8章 彼岸花
意味が分からなかった。
目の前の情報が多すぎて。
「どう…い…う…」
どれから聞けばいいのか。
由希は混乱しながらも、とりあえずどれかひとつでも答えが聞きたくて誰に向けたかも分からない質問を口に出す。
だが、潑春も依鈴もその問いには答えなかった。
「大丈夫…そのままゆっくり…大丈夫だよひまり。吐くことに集中して…」
聞いたこともない依鈴の穏やかな声音だけが部屋に響く。
だらんと力なく床に落ちるひまりの手は、まるで引きつっているかのように不自然に握られている。
由希も夾も潑春も、呆然としたまま依鈴とひまりの姿を見ていた。
依鈴の声に合わせて、だんだんと落ち着くひまりの呼吸に僅かに安心感を覚えていると、依鈴が鋭い視線を由希と夾に向けた。
「コイツだけじゃなくお前らも役立たずか。とり兄呼びに行くとか出来ないのか」
コイツ…とは消去法でいくと潑春のことだろう。
由希と夾が部屋に来た時から立ち尽くしたまま動かなかった。
しかしその手は白くなる程に握り締められている。
由希は依鈴の言葉を受けてすぐに部屋を出て行く。
潑春もひまりが落ち着いたのを見届けると何も言わずに部屋を出て行った。
「…ひまり寝たから…ベッド運ぶの手伝って」
さっきひまりに掛けていた優しい声と同一人物から発されているのかと思えるほどの無機質な声音に驚きつつ、夾は言われた通りに依鈴がひまりを抱き上げるのを手伝った。
依鈴はベッドで眠るひまりの目尻に溜まった涙を人差し指で拭いながら、頬を撫でる。
夾には依鈴がホッと微笑んでいるように見えたが、クルッとこちらを向いた顔は敵意を剥き出しにしているものだった。
一瞬夾を睨んでから部屋から出て行こうとする依鈴を、夾は焦って手首を掴んでとめた。
パシッと振り払われ「触るな」と牽制されるがお構いなしに目を鋭くさせて聞きたかったことを口にする。
「教えろよ。なんでひまりは変身してない?なんで"お前でだけは"呪いが現れない?」
「黙れ。猫憑きがそれ知ってどうなる?閉じ込められるまでの時間を幸せに過ごせば…」
「ひまりの呪いを解きたい」
遮られた夾からの言葉に依鈴は目を見開き、僅かに唇を開いて動きを止めた。