第8章 彼岸花
完全に乗せられてる。
頭では分かっているのに、由希と夾は家を飛び出して本家へ向かっていた。
学校から帰って来ていた夾と、その30分程後に由希が帰ってきた所でニヤニヤと何かを企んだような紫呉が書斎から顔を出してきた。
「はー君から電話があってねー?ひまりの初めて貰うから帰りが遅くなるって伝えててーって。今、はーくんの所に2人でいるみたいよー?」
「「は!?!?!?」」
声を揃える由希と夾に、満足気に含んだ笑いをしながら「まぁ、そういうことー」と書斎へと消えていく。
固まったままの由希と夾は全く同じ考えがグルグルと脳内を駆け巡っている。
いや、確実に揶揄われている。
ひまりがそんなことを急に言い出すのも考えにくいし、潑春ならややこしい言い方をして自分達を煽りかねない。
オマケに紫呉のあの態度。
乗せられるな。
分かり切った話じゃないか…と。
だが、2人は同じタイミングで玄関へと駆け出した。
仮にもし、"そう"だったとしてもお互いが想い合っているのなら阻止する必要などないし自分たちが出る幕じゃない。
むしろそんなの空気の読めない邪魔者だ。
そんなことくらい、分かっている。
わざわざ敬遠している本家に足を運ぶようなことじゃない。
分かっているのに。
思考と行動が真逆に働く。
理屈じゃなかった。
"まだ"失いたくない。
この感情だけで2人の体は勝手に動いていた。
本家に着いて、真っ先に潑春の元へと向かう。
どうか潑春と紫呉の思惑通りでありますように…と願いながら。
夾が声を荒げながら勢いよくドアを開ける。
「オイコラ!クソガキてめぇ……は?」
目の前の光景の情報を処理するのに時間が必要だった。
部屋に居たのは潑春。
ぐったりとした様子で目を瞑り、早い呼吸を繰り返しているひまり。
そして彼女の秘密を握っているであろう依鈴だった。
ひまりが発作を起こしていることと、依鈴がこの部屋に居ることだけでも由希と夾には予想外で驚いていたのに。
依鈴がひまりを抱きしめていた。
しっかりと抱きしめながら頭を撫でている。
それなのに彼女は変身せずに"人"の姿のまま。
思考を停止させるには充分な要素だった。