第2章 おかえり
お母さんは今、お父さんと話してるつもりなんだろうか。
私を産まなければ、お父さんの記憶を消すことも、離れ離れになることもなかったから?
私が存在しなければって思ってたの?
だからお父さんに懺悔してるの?
ねぇ、最後の最後であなたまで私を否定するの?
勘違いでも良かった。
愛されてるって勘違いしたままで居たかった。
その時、頭の中でプツンと何かが弾ける音がした。
「ねえ!!なんで最後にそんなこと言うの?!隠してよ!隠し通してよ!!ねぇ?!起きてよ!!今すぐ起きてってば!!」
動かない母の体を何度も揺さぶり、悲痛な叫びをぶつけた。
わかってる。
こんなことしても意味ない。
届かないのに。
意味なんかないのに。
「こんな…こんな酷いことない…そんな事言われて!!そんな事言われて残された私は!!…私はこれからどうやって生きていけばいいの?!?!」
しゃくり上げながら何度も、何度も何度も母を揺らすひまりに答えるものは誰もいなかった。
あの日のことを思い出しながら歩いているとアパートに着いていた。
記憶の中のものとは全く別物になったその建物をぼーっと見つめる。
むせ返るような焦げ臭い臭いと、火事現場のなんとも言えない異様な雰囲気。
立ち入り禁止の黄色いテープが張り巡らされており、許可なく入ることは出来そうになかった。
「やっぱ入れないかー。」
何か燃えずに残ったものがあるかもしれないと来てみたが、入ることも難しそうだ。
どっちにしても、何も残ってなさそうだな。とひまりは諦めてアパートに背を向けた。
母と2人で4年間暮らしたアパート。
特に思い入れはなかった。と言うか覚えていない。
母と暮らしていたことを思い出そうとしても、記憶に蓋をしたかのようになにも思い出せなかった。
笑った顔も思い出せないから、唯一あった遺影を毎日眺めていたが
それももう無い。
このままお母さんの顔も記憶から無くなっていくのかな。
「そろそろ由希のこと、迎えに行こう」
引き裂かれるように痛む心臓。
それに気付かないフリをして歩き始める。
「お昼は冷製パスタでも作るかー」
他のことに意識を向けて感情を全て消した。