第8章 彼岸花
潑春は耳裏のコルクまでニードルを到達させるとその手を離して鏡で角度を変えながら確認している。
なんの痛みも感じてないかのような潑春の振る舞いに、目も口も歪ませたままのひまりが「痛くないの!?」と問うと顔は鏡に向けたまま視線だけを彼女に向ける。
「痛いよ。普通に」
「分かりにくっ!?ポーカーフェイスが過ぎるんだけど?!」
ニードルからピアスに差し替える時に、ニードルに耳の皮膚が引っ張られてるのを見てまたひまりは「痛い痛いっ!」と手で目を覆う。
身震いしながらも指の隙間からしっかり様子を見ているひまりに「見なきゃいいのに」と潑春が言えば「気になるの!怖いけど見ちゃうってやつ!」なんて返される。
差し替えたピアスを満足そうに鏡に映したあと、まだ熱を持つ自分の耳とひまりの耳、それぞれに指を添えた。
「ひまりと同じ日に空けたお揃いのホール。…閉じんなよ」
片方の口角だけを上げて笑う潑春にひまりもプッと笑う。
「それだけのために空けたの?お揃い好きとか春、結構可愛いとこあるんだね」
「ひまりとだから…なんだけど」
攻めたつもりだったが、返ってきた答えは「春、私のこと凄い好きじゃん!」なんて冗談っぽく茶化した言葉だった。
「そうそう、好き好きー」
それを冗談で返す。
勝ち目のない勝負に出るつもりはなかった。
目の前で笑って居るのに。
手が届く位置に自分自身も居るのに。
あまりにもハードルが高いソレに嫌気が差す。
「…夾にどんなのもらったの?」
聞きたくもないのに聞いてしまうのは、やっぱりどんな事でも知っておきたいからだろうか。
「修学旅行のときにね、クローバーのピアス見つけて買っててくれたんだってー」
嬉々として話すその姿に嫉妬する。
俺が空けたのに。
別の奴が入り込むのか…と。
「…珍しいね。夾が、そういうのするの」
「だよねー。私もびっくり!今私が"ベール"っていう歌にハマってるんだけど、それにシロツメクサが出てくるの。それで私っぽいって思ったんだってー」
「あー知ってる。今流行ってるやつ」
「そうそう!2日目に私もそのピアス見てたからビックリし…て……っ」
言葉に詰まる。
みるみる内に顔色が変わるひまりに、潑春は眉を潜めて目を細めた。